〈詩〉木が切られる
                  高橋 勝

かつてケイドと呼ばれていた通路が今もある
家の庭に続く、100メートルにも満たない通り道
通い路に沿って大人2人抱えもある欅が列をなしていた
先日、それが、3、4本も切り倒されていたのだ
見れば、切られた根元から
涙が噴き出しているではないか

電信柱や屋根瓦にも遮られず
真っ青な空を背景に、緑葉がこんもり盛り上がっていた
落葉した枝が、逆さ箒みたいに突き上げて風に揺れていた
寡黙だった高校生の一時期も
下宿していた都会から帰ってくるときも
そんな風景が、遠方からまず眼に入って
何も言わずに抱きかかえてくれるのだった

陽当たりが遮られるとか
枯葉や枯れ枝が降ってくるとか
隣近所から言われていたのを知っている
家からの見通しが悪いし、デジタル放送も入らない
などと小耳に挟んだこともある
確かにそうだろう
木々は人間の意のままに生かされているのだ

しかし、家がそこに存在していられるのは
木々のおかげではなかったのか
木々は家とともにあり
家は木々に守られてそこにあったに違いない
ところが、時代は変わったのだ、と言われれば
それはそうかもしれないとうなずくことはできよう
だが、あの木やこの木が消えつつある今
家だけは依然としてそこに在り続けることができるのか

たとえ木々はいつの日かすっかり消えてしまっても
なにがしかの跡形が残っているはずだ
切り株、崩れた垣根、周りの家や道路、月の昇る位置…
ふと異様な景色に襲われる
アルミ造りのような、ガラス張りのような、家、家
見かけぬ人、どこかの外国人なのか、異星人なのか
話しているのはエスペラント語なのか、カタルゴ語なのか、
それともあれは宇宙語なのか
日本語が一向に聞こえてこない

額に汗かき、足を踏ん張ってなおも身じろぎせずにしていると
あの子ども時代の屈託のない笑顔が
叱られてベソをかいている泣き顔が
「運命」の楽音のように
徐々に輪郭を整えて大写しに見えてくる…

藤の棚に咲きそろっていた紫色の房花
黒っぽい、図体の大きな蜂が密を吸いに
幾匹も幾匹も寄ってきてぶんぶん唸っている
受験勉強で一日中部屋の中に閉じこもっている合間に
棚の下に行き
五月晴れの空を仰ぎ、そよ風を肌に受けていると
足が地から浮かび上がり
雲ひとつないあの大空に抜け出ていく分身の姿
玄関の方に何気なく目を向けると
開け放した敷居の奥から
父と母が笑顔でこちらを見ている