〈詩〉
 
浦島太郎になり損ねた男
            高橋 勝

誰もかれもが楽しそうに手にしている
スマートフォンというもの
かれも手に入れて いつでもどこでも
気になる情報を入手しようとした
初めは興味本位に画面を見ていたが
いつの間にか熱中してしまい
この小さな機器なくして居られなくなった
すると 今見ている目の前の風景は
現実なのか それを眺めている自分は 
ヴァーチャルな存在なのか
分からなくなってきた
そう かれはちらと乙姫を思い浮かべ
玉手箱の中に飛び込んでしまったのだった
まるで高飛び込みみたいに跳躍して

かれの関心は 国内外を問わず
主に政治経済を中心とした
ニュースの情報と そのコメントだった
テレビや新聞で報道されるネタは
一方的であるし そもそも真実など
表現されているのかと不信を抱いていた
だが スマートフォンであれば
時と場所とを問わず
様々なニュースをタイムリーに 
また相対的に閲覧できる
そう 鷹の目のように世界を鳥瞰できるのだ

そうやって 浦島太郎の気分で
異次元の世界を漂っていると
ある夜 夢のなかで
波打ち際に打ち上げられ 
茫然自失している自分の姿を見た
辺りを見れば
いつしか時は過ぎてしまっているけれど
甘美な想い出は
身から離れることもなかった 
だが それも束の間 
どこからか 生茹でされている
蜆の思いに似たものが 
全身を支配しているのが分かった

おれは いったい そんな幻を
なぜ見ていたのだろう と自らを訝った

最先端の通信機器による情報といっても
それらは ふるいにかけられた
二次情報に過ぎないじゃないか
途切れもなく 曝され続ける情報を
どうやって 自分の血や肉にできるのか
おれは知った気になっているが
本当は洗脳されていただけじゃないのか

そもそも 寸暇も惜しまず 
外部の敵を知り 
敵と闘えと言うけれど
どうやって闘えるのだ
敵の真実を知れば知るほどに 
と思い込めば
憎悪と怒りと侮蔑とを駆り立てられるだけで
その感情をどこに持っていったらいいのか
ますます分からなくなってしまうじゃないか
それも必要なのかもしれない
個々人が 草の根になり
誰もが 同じ思いになって連帯し
真正面から相対すれば
大きな世論の力が発揮できると言えるだろう
 
だが 闘うべき相手は 
まずは そこの足許にいる自分ではないのか
いつも持てあましている自分というもの
その得体の知れない不気味な自分というもの
その厄介極まりない自分と対峙すること
おれにはまずはそれこそが必要じゃないのか
否 そうであるに違いない

じゃ ニュースの情報はどうするかって
毎朝 新聞が読めるじゃないか
ラジオのニュースだって聞けるじゃないか
必要ならば本だって読めるじゃないか
そうやって急ぎ過ぎることもなく
自らの時間を 
二度と戻らない今という時間を
自分のものにするべく
辛抱強く 事に当たって止まないならば
自分というものとの折り合いが 
どうにか付けられるのではないのか
まずは この夢を
疑心暗鬼に生きてみようじゃないか

…… 本当に危ないところだった
と かれは 今やたった一つだけ残された
この小さな電子機器をちらと見るや
えぇいぃ! と叫び声を上げ
大海原に向かって 空高くほうり投げた