〈詩〉ザリガニのおもひ
           高橋 勝


梅雨空の早朝 土手のない大川のほとりを 
重い足取りで散歩していた
草藪の繁る歩道の両側 どこから這い出して
きたのかザリガニが1匹
目の前を渡っている ぎこちない格好で  
やっこさん 突如ハサミを大っぴらきに 
小さい身体を思い切り反らせ返してくる 
枯木を拾ってハサミに近づけ くわえさせる 
と同時に 背中をつまんでやおら持ち上げる 
食らいついた憎き敵は 何が何でも離さない 
食らわせたまま 波打ち際まで歩いて行く
雨で増水した水の面 立ちこめている靄 
大きな魚が跳びはね 砲弾の落下する音 
あちらでもこちらでも リズムよく
一瞬 こいつが尻尾を丸く曲げて
逆向きに泳ぎまわっている姿が思い浮かぶ
だが水嵩は すぐ近くまで迫っている
腰を降ろし 波打ち際の砂泥の上に
こいつを放り投げる 
いつか咥え木は捨ててしまい 
再びハサミを大開にして 来るなら来いと 
しばしそこに留まっている 
息も吐かず 鋭い眼差しは微塵も外さずに 
やがてハサミも閉じ 後ずさりして行く
誤って水中に落ちないかのように 
もう5センチほどで水につかる 
がんばれ と見ていると 
突如そこに止まるや 
彼を凝視するだけで 微動だにしなくなる
おまえは どおしてそうしているのだ
………
どれくらい経ったのだろう 
それ以上問うこともできず 
その場を立ち去った

ああ! そうだったのか
君は 相手に 相手の心に向き合うことを 
それほどまでに知っていたのか 
過ぎ去りし生き様が 一刹那見通せたと思うや 
彼は 全身ふらつくのを感じた