〈掌編小説〉
       ある生徒  ―君(きみ)との出会い
          高橋 勝

     一 

 再任用教師として公立高校の教壇に再び立つのは四年ぶりのことだ。定年退職までこの期間を残して早期退職していたからだった。退職するときは、同い年の同僚が定年に達するときまでには必ずモノにしてやると一通りの区切りをつけ、全く畑違いの分野にもかかわらず挑戦しようと意気込んでいるものがあった。実際、この間、脇目もふらず努力していたつもりだが、結局願いは叶わず、夢は断念せざるを得なかった。これからどうすれば好いのかと途方に暮れていたとき、最後に勤務した学校の校長から、応募する条件が整っているが再度やる気はないかと電話があった。私は、真っ暗闇のなかで一点光る電球を見つけた蛾みたくなって、この話に飛び込んで行ったのだ。
 これまで勤めてきた学校もほとんどそんな感じであったが、この新しい男女共学の普通校も五月の連休までは教師と生徒との関係には緊張が保たれていて、授業も静かに進んでいた。ところが連休が明けると、ご多分に漏れずすこしずつ私語などが始まり落ち着きがなくなっていった。そのような場合、大抵はそれを促す中心人物がいるものである。
 わたしの担当しているこの授業は、三年生の文系進学者のための選択教科だった。このクラスにもそのような人物がいる。スラリとした身の丈に、昔の小学生や中学生の女子によく観られた「おかっぱ」の髪型をしている女生徒だ。この生徒は普段の話し声がやけに大きい。目つきが険に満ちている。いつも取り巻き連中が四、五人いて、男子生徒も彼女たちには誰一人としてモノを言えるものはいない。そう、彼女は三学年の女番長なのだ。
 その君から私語が始まりだした。わたしは集団の規律を乱す者には最初が大切と思い、苛立っている自分を抑えて、授業中は私語をしないでくださいね、と君のほうに視線を投げた。君は一瞬おしゃべりをやめ、訝しそうにわたしの方に顔を向ける。そして、何ごともなかったかのように、隣の相方にふたたび話しかける。傍若無人の声は次第に教室空間に大きく響いていく。誰もが授業に集中できなくなる。わたしは自分の責任を感じ、おしゃべりはやめなさい、他の人の迷惑になっていますよ、と穏やかな話し方のなかにキツイ調子をなかばにじませた。君は間髪を入れず、うるせいってんだよ、センコウが、偉そうなこと、言ってんじゃねえよ、とわたしを上目遣いに睨めつけ、声を震わせた。
 その後もわたしの注意はいっこうに聞き入れられず、それどころか注意をすればするほどノートも取らなくなったり、教科書も開かなくなったりした。あげくには少女雑誌を机上に出しては読み、列違いの離れた席の仲間と笑いながら話し続けるようになった。わたしは、うるさい、そんなに授業が受けたくないんなら、教室から出て行け! と腹の底から灼熱のマグマが一気に吹き出すほどの声を吐き出してしまった。ところが君は、萎縮するどころか、立ち上がるや自分の机を持ち上げ、床に叩きつけ、真っ赤な仁王眼になってわたしを睨めつけたのだ。この瞬間、鋭く切り裂く音が教室中にこだまし、白い塵煙が立ち上り、あたりには折り曲がった雑誌やら筆箱から飛び出した鉛筆やら消しゴムやら教科書類やらバッグなどが散乱した。生徒たちの真っ青になった顔、顔、顔。身を引き割かれるかのような怖さに怯えている幼い眼、眼、眼。わたしは、胸の中が凍り付き、一言も発することができなかった。これまで三十年間近くも携わってきた教職っていったい何だったのか、なんで今更こんな仕事を引き受け、こんな目に遇わなければならないんだ……

    二

 それから、わたしは君のいるこの授業に一種冷ややかな怖さを感じ始めた。君の取り巻きは、わたしが廊下を通るときなど、指を指して囁きながら、白い目つきでわたしを観るようになった。それと同時に、わたしもこの関係を何とか修復しようとあれこれ考えずにはいられなくなった。なぜ君はあのような振る舞いをするのか。親子の関係? 学校や担任との関係? それとも個人的なプライド?
 親の子どもへの物理的な関わりが薄かったり、ほとんど無かったりすると、子どもは自分に関心を向けさせようとさまざまな悪行を働くと言う。そういえば何かの本で読んだこともある。両親が共稼ぎの場合、キャリアウーマンの母親は仕事に忙しく、帰宅はいつも遅い。子どもが掛け持ちの塾から帰ってきてもまだ両親は二人とも帰ってこない。子どもは自分の寂しい思いを代償させるかのように、欲しいモノを次々にねだる。親は子どもへの罪ほろぼしのつもりか、子どもに言われるまま、高価なモノを大抵は買って与える。そして子どもとの信頼関係が持てたと、いっときの安心を得る。しかし子どもにしてみれば、何ひとつとして満たされるものはあらず、成長するにしたがって、社会生活を送るうえでさまざまな悪影響を植え付けられるのだという。実際、君がどのような境遇にあるのか想像もできないが、親子関係の在り方が何らかの影を引きずっているのは確かにあり得ることだ。
 あるいは、幼いころから手のつけられない女悪ガキで、幼稚園や小学校、中学校と、万引きや集団イジメ、喫煙やバイク乗車、あるいは薬物に手を出したり援助交際にまでかかわったりという悪質な非行を重ね、その度に指導されてきたのだろうか。だが、指導歴が積み重なるにつけ、口うるさく罵るクラス担任に見放されてしまったとか、誰からも心配してもらえず信用されてもいない余計者なのだと自分の存在を決めてかかり、学校や教師そのものを信用できなくなってしまい、憎しみを募らせているのかもしれない。その心の奥に眠っている堆積物が、わたしの暴言を食らって刺激され、私に向かって爆発させたってことは充分あり得ることだ。
 それとも、君はこの学校でも番長に登りつめ、他の生徒たちから一目置かれている心地よさに、プライドを異常に増幅させてしまったのか。外部から突然やってきた再任用のわたしごときに、他の生徒みんなが観ている前で叱責されたことに、自分が貶められたと咄嗟に感じとり、敵にはどこまでも歯向かっていかなければならないとの意地が、幼いながらも本能的にあのような行動に駆り立てさせてしまったのかもしれない。
 まだまだ理由はありそうだ。それにしても不思議だ。学年は、なぜああした「問題生徒」を放置しておくのだろう。あの事件があってからというもの、学年集会や朝会時での注意など何の対策もとっているようにも見えず、そもそもわたしに何も聞いてくれない。単なる一教室のできごとで他には漏れていないのかもしれない。わたしも彼らに不信の念を僅かばかり抱いた。生徒たちの態度と同じように、教師の側も彼女のことには疲れ果て、特別の視線で観ているのだろうか。わたしは、教師は毅然とした姿勢を貫かねばならないと日頃から考えていることもあり、このままでこれから残りの授業をどのようにしたら無事にやっていけるのか不安が込みあげていた。そのため、ありのままの事情を学年主任に話そうと何度彼の前に立ち止まったかしれない。でも、何の悩みもないような彼の笑顔と、その後ろに机を寄せ合って控えている三学年の教員集団が眼に入ると、自分より手強い相手には遠吠えしかできない犬のように、一種とりつく島もなく怯んでしまったのだろうか、わたしにはどうしても口に出すことはできなかった。

      三

 その後も君の一挙手一投足が気にさわって仕方なく、その度にできるだけ穏やかに注意の言葉をかけていた。だが、君の反抗的な態度はいっこう直る気配を見せない。このままでは収まりがつかなくなるし、また激しい対立を向かえる羽目に陥るという予感が頭をかすめる。そこでわたしは、君さえいなければ……、君さえいなければ……、と心内から聞こえてくる言葉を繰り返し耳にしながら、静観することに方針を変えることにした。
 すると君は、今まで口にもしなかったシモネタを、取り巻き連中を相手に恥ずかしげもなく喋り始めたのである。授業が進み、ポイントのところにくると、三十四、五名の生徒すべての呼吸が止まったかのような一瞬静粛な時間の流れるときがある。そのようなときだった、決まってこの種の言葉を発するのは。先生のうなじをよく見てみなよ、ね、キスマークが微かに残ってんじゃん、などと、それ以上は言葉にするのも恥ずかしい不協和音を全体に聞こえよがしに発し始めた。
 その間、彼女の言葉に釘付けになった教室は、次の瞬間、どっと笑いの渦に呑み込まれてしまった。ただ何名かは、確かにその場の風向きに抗し、顔を青くし、下を向いて凍り付いたような者も見られたが、他の生徒のなかには、わたしの首のあたりをにやけ顔でそれとなく覗き込む者までいる。 
 わたしは一瞬頭が真っ白になるが、それでも何ごともなかったかのように、ただひたすら授業を黙々と展開し、最後までノルマをこなしていった。ほとんどの生徒はさっきの出来事などもうすっかり忘れてしまったかのようにノートもきちんと取り続け、話もよく聞いてくれた。君やその取り巻きに対しては、特に無視していたわけでもなく、それとなく嶮しい目つきを注いでいただけだった。

 ある授業の時、一番後ろの座席でときどき顔をあげ、わたしを見つめる君の黒目勝ちな眼が、ちらり、ちらり、わたしの眼とぶつかった。そうしたことはそれまで気づかなかったのではっきりと覚えている。だが、私語はしなくなったといっても、いつものように机の下で漫画を読んでいたり、机の上に鏡やパッドなどを出して堂々と化粧をしたりしているのだろう、でもなぜああしてわたしのほうに眼を向けるんだ、とわたしは奇異の念にとらわれる。
 その日の授業はめずらしく静かな雰囲気で終わったように思う。休み時間のチャイムが鳴ると、どこか安堵感のような空気が生徒たちのまわりにも流れている。
 わたしは、帰宅後もその日の君の様子を思い浮かべていた。夜間、窓を開けて夜空を眺めると、まん丸い中秋の名月に照らされた夜空が、雲の棚引く上方に果てしなく見渡せる。窓下の草原からは虫の音だけがかまびすしい。わたしも今晩はこの夜空のような気分になっている。君のおかっぱ頭が空に浮かんでくる。なぜ君はわたしのほうを意味ありげに見ていたのだ。わたしがそれまでとは違って少しも叱ろうとしなくなったので不可解に思ったのか…… とそのとき遙か上空に突如出現した流れ星の幻想がわたしの頭のなかを走り去る。わたしは見抜かれているのではないか! いやそうだ、そうであるに違いない。君は初めからすべて分かってやっていたのだ。君の憎らしい態度の裏には、君にも見えない何かがある。身を持てあましている君のなかには、勾玉(まがたま)のようなものが確かにある。

    四

 職員室は二階の東端に位置しているが、そのちょうど裏庭に欅の木が一本居座っている。創立時に植林されたそうなのでかなり大木になっている。校舎の四階に達するほど枝を茂らせ、幹を太らせ、風が吹かない限り微少たりとも動こうとせず、そこにこれ見よがしに存在し続けている。わたしの席は、この樹木が北側のガラス窓を通して真正面に眺められる位置にある。そのおかげで、新芽が出ては茂ったり、枯れ果てては散ったりするこの葉っぱの移り変わりによって、一年の季節の変化が密かに楽しめた。その高木も、今はもうすっかり葉を落としている。よく観ると、幾筋もの梢が、竹箒を逆さにし、扇形に広げたみたいに大空に向かって思いのさま伸びている。それは、まるで、地中深く伸びた根本の繊毛のかずかずが、生死をかけて吸い上げ、幹を伝って届けてくれた濁りのない水分や養分を、来る春の日の芽吹きに備えてむしゃぶりつくように吸い取り、命あるものの自然の輪廻を現しているみたいだ。
 君のいる三学年も、目の前に迫った二週間ほどの休暇を過ごすと、一月末には最後の定期考査を受け、あの欅の生命の巡り合わせでもあるかのように家庭学習に入っていく。そんな時節の、ある授業のひとときだった。普段通り授業をそつなく展開していると、突如君は立ち上がるや、先生、あたし古典講読のノート取ってくる! と、わたしに一瞥をくれ、自分の教室に出て行こうとした。わたしが何か言おうとしたら、すでに君はドアを横に引き開け、グレーの制服スカートの裾を翻しており、白のソックスとズックの上履きを弾ませるように戸口をすり抜けていた。
 一時中断された授業。わたしはあえて何ごともなかったかのように板書しながら講義を続けた。その間、時間的にはほんの数分も経たなかったかもしれない。やがて君は片手にノートを一冊抱え、何ごともなかったかのように戻ってきた。急いで帰ってきたのか、少し息を切らしている。微かに火照った頬には笑みが浮かんでいる。その刹那、ちらとわたしと眼が遇い、青葉のそよぎが君の瞳を過ぎっていた。     (了)