思い出            
             中村かつ子

鉢植ゑの朝顔いつか地に這いて咲きたる今朝は風さやかなり

庭庭のはや凍てつけるこの夕べ空に貼り絵のやうな三日月

目に染みる汗に堪えつつ葉たばこを掻きし畑よ家建ち並ぶ

夫逝きて刈り遅れたる畔(あぜ)草のすいば花咲き風にそよげる

15年の痺れ癒えたる足裏に試歩の坂道の土柔らかし

朝顔の花とりどりに咲かす日々夫亡き暮らしのやうやく定まる

黒松の古木が占むる天皇山に墨匂ふばかりの真筆を拝す(隠岐の島)

俄にも師は逝き給ふさ庭辺の紅葉は時雨にひと日散りつぐ

細々と虫の声澄む夜をひとり杳なる人への憶ひあたたむ

牛車にて生徒ら運びし礎石なる夕暮歌碑も弘法山になじみぬ

飾りたる雛はややに彩褪せて孫は就職に離れゆきたり

こころ乾く日々なれ余寒の庭隅に貝母はいつしかひしめき生ふ

杖つきて今し真向かふ解説板師の名とどめて桜花の耀ふ

居間深く射せる朝日が落とす影葡萄のから棚猫わたりゆく

家出すと幼な洋造辿りにしこの山道よシドミの赤し(洋造は夕暮の幼名)

ひとり居の自由も老いてふとわびし子等の新居に灯りともりて

遠き日へ晴着の糸を解きてゆく春嵐時をり窓を打つ夜

その夫を憶ふ花よと詠みましし友も今亡く姫沙羅の咲く

掛け軸を杜甫の春望に掛け替えて汝を悼みぬ敗戦記念日

エッセイに蟠(わだかま)りごと締めくくり一歩踏み出す八十七歳を