足搔(あが)く
                 中井和子
 認知症は、物忘れから始まる、という。
 最近の私の物忘れ度は、今のことを、今忘れてしまうというひどさで恐怖さえ覚える。
 そのような自分を分析してみた。八十余年生きていると、生活行動に緊張感がなく惰性で行動をしているのだ。意識の行動が必要なのだと痛感する。
 また、車で出かけて、必ず通る交差点で一瞬、進行方向を迷い、慌(あわ)てることもある。
 長寿国になった日本では、老人の行方不明者が年間一万人もいるという。外へ出たものの帰る道がわからなくなるのだそうだ。
 現に、知人のご主人が、夕方、車で出かけたまま夜遅くなっても戻らないことがあった。心配されたご家族が警察に届け出ると、隣県の道端にうずくまっていたところを保護されていたことがわかった。
 事件に巻き込まれないでよかったと、私はよそ様のことながら胸を撫(な)で下ろしたが、人(ひと)事ではない。

 十年前のことになるが、私が見ていたテレビ画面の左側に、突然四角のガラスのモザイク模様が現れて画面が見えなくなった。もし、車の運転中、フロントガラスに、そのモザイク模様が現れたら前方が見えなくなる。恐ろしい!
 私はすぐ眼科へ駆け込んだ。
「これは目が悪いのではなく、頭の中の血流が原因ですから、脳神経外科を紹介します」
 と、私は初めて脳のMRI検査を受けたのであった。 
 先生の机上のモニタに映し出された脳の写真の血管は、中央から左右に枝別れしていて、右側の血管はきれいに伸びているのに、左の血管は太くなったり、細くなったりと血管が拗(こじ)れているようすが写っていた。
 先生が説明してくださった。
「血管が細くなっている箇所で血流が悪くなり、太いところで急に血液が流れたりして、その変化のときに現象が起きるのです」
 そして、処方された飲み薬で、そのモザイク現象は消えた。しかし、物忘れの多くなった私の現在の脳は、小さく萎縮しているのではないだろうか。次の不安が私を襲う。
 私は脳外科の診察を受けることにした。
 先生から質問を受けた。
「どうしてMRI検査を受けようと思ったのですか?」
「もの忘れがひどくなり、最近は方向感覚も怪しくなりました。認知症になるのでは、と恐れています。いまは、早いうちならよいお薬もある、と聞きましたので……」
「そうですか。それならMRI検査をして、専門の先生から認知症テストを受けて、認知症になる素質があるかどうかを調べましょう。しかし、認知症になる人は診察を受けには来ませんよ……」
 と、先生はすまし顔でおっしゃる。緊張していた私はちょっと恥ずかしく肩をすぼめた。
 別室で、専門の若い先生から、今日の日付けやカードを使っての暗記力などのテストを受けたのだが、思い出せないカードが一枚あった。
 それから、一行の短文を書かされた。『私は今日、脳のMRI検査を受けました』と書いた。
「いつも文章を書いているのですか?」
 と、訊(たず)ねられた。
 それらのテストが終わると外来診察室に戻った。
 先生がモニタで私の脳の写真をご覧になり、
「脳に異常はありません。物忘れは、年齢的なものですね」
 と、おっしゃった。以前、こじれていた左右の血管は回復していて、きれいに頼もしく写っていた。
 私は少し安心した。

 そのような折、東京在住の友人、F子さんからアルフォンス・デーケン著の『よく生き よく笑い よき死と出会う』という本が送られてきた。
 表紙を開くと、たどたどしい漢字で『中井様』と、書かれ、ドイツ語でサインがしてあった。
 私はF子さんにお礼の電話をかけた。
「宗教に関係があるので贈るのをどうしようか迷ったのですけれど、新聞の『ひと』の欄にも紹介されたドイツ人で、日本で司祭になった方です。現在上智大学名誉教授で死生学を教えて、講演や執筆活動をなさっているの。お話はユーモアがあって面白いのよ」
 と、F子さんが説明してくださった。
 私はさっそく本を開いた。その中に、中年期には『八つの危機』があり、その一つに、『思いわずらう危機』がある、という文が私の目を引いた。
 『年齢を重ねて身体の自由が思うようにならなくなると、朝から晩まで健康に関する不安、将来に対する不安であれこれ悩むようになる。それによって貴重な精神的エネルギーを消耗してしまう』という。
 近頃の私のことだ、と苦笑する。私はもちろん中年ではなく、老年なのでなお更である。
 『この危機に対処するには、自分でコントロールできることにはベストをつくし、自分ではどうにもならないことについては、思いわずらわない。これが私の人生の原則です』と記されている。
 全くそのとおりで、私は、自分ではどうにもならないことをくよくよ考え、足掻いていたのであった。 
 しかし凡人の私は、今後も老いていくと同時に、ますます思いわずらいそうだ。