赤い実の誘惑 
           山内美恵子


 夏が来ると、ひそやかな楽しみが私を待っている。赤い実が私を誘惑するからである。今年もまた、ことごとく赤い実の虜(とりこ)となり、身も心も赤く染まっている。
 
 今日では、世界中の人びとに愛されている赤い実だが、麻酔作用のある毒草とよく似ていたため、昔はもの好きの観賞用でしかなかったそうだ。しかし、十六世紀にイタリアでひどい飢餓(きが)に見舞われ、多数の死者が出たため飢えをしのぐため、この赤い実を食べるようになったという。
 赤い実の呼び名は各国異なる。日本では「トマト」と呼ばれているが、イタリアでは黄金のリンゴを意味する「ポモドーラ」、フランスでは愛のリンゴ「ポム・ダム―ル」、イギリスでは「ラブ・アップル」、中国では赤いナス「番茄」と呼ぶそうだ。
 わが家は年間を通しトマトの恩恵を受けている。とりわけ夏期は、トマトなしでは夜も日も明けない。毎日食しても飽きがこないばかりか、いろいろな料理にアレンジしやすいからである。魚や肉との相性も抜群で、旨味成分のグルタミン酸が素材の旨味を引き出し倍増させる。その上、太陽の恵みを受けたトマトには、強い抗酸化作用を持つリコピンをはじめ、ビタミンやカリウム、葉酸等の栄養素が豊かで健康効果も高いのも魅力である。
 今年の二月、京都大学の研究室と民間の共同研究が、トマトの中に脂肪肝や高中性脂肪血症などの、脂肪代謝異常(高脂血症)の改善に有効な成分、13―オキソ―9,11―オクタデカジエン酸を発見したとの発表は記憶に新しい。生活習慣病が増加している今日、トマトが脂肪燃焼を促進し、動脈硬化や脳血栓の予防になる新しい成分の発見は、国民にとっても朗報であった。
 学生時代、栄養学でトマトに含まれる栄養素やリコピンの健康効果などを学んだ。生来強い体をもらってこなかった私は、健康に対する強い憧憬を抱いてきた。それ以来トマトの力に魅せられ、夏休みに帰省すると、保存しておけるトマトケチャプやピュレー、ジャム等を作った。意外だったのはジャムの美味しさだった。
 子育て中は、息子にも毎日トマトジュースを飲ませ、トマトで煮込んだ料理を食べさせた。やがて息子は、大学入学と同時に家を離れ今日に至る。食事が心配な私は「トマトを食べるように」強く促す。それが功を奏したのか、今ではトマト料理に凝りに凝っている。かつて、『食』の本を読んでいたら、「幼い時の食べ物の出合いは、脳にインプットされる」という行があり納得がいった。
 近頃は都内に住む息子が帰って来ると、トマトを用いたレストランの味を披露してくれる。二月の夫の誕生日にはイタリア料理を、七月の私の誕生日には、インドのカレー と料理を作ってくれた。私は激辛なカレーを想像していた。数年前、レストランでカレーを注文し懲(こ)り懲りしたからである。口に入れたとたん火が噴きだすほどの辛さで、二口と食べることができなかったからだ。
 しかし、息子が作ってくれたインドカレーは、私が想像していたのとはまるで違っていた。カレーのとろみはトマトと玉葱が基本であり、素材によってはココナツミルクやヨーグルトも入るというからなお驚きであった。市販のカレールーを好まない私は、トマトやヨーグルト野菜等でとろみを出し、自分好みにアレンジしてきた。
 インドカレーの作り方もよく似ていた。異なるのはスパイスの種類と調合であった。持参したスパイスの種類に目を見開きながら、息子が作る本場のカレーをしっかり学ぶ 。先ず、カレーのいのちでもある十種類にも及ぶスパイスの調合を教わる。カレー粉、グローブ、カルモダン、シナモン、コリアンダー、パプリカ、クミンシート、ターメリック、ローリエ、黒胡椒、唐辛子、カレー粉などの量を正確に教えてもらう。生徒の私は思わず背筋を伸ばした。
「この調合こそが大切なのです。カレーのベースとなる玉葱は、キツネ色になるまで炒め、トマトもしっかり炒めてください」
 息子が自信に満ちた顔で言いながら、メモしてくれた。今日は私の好きなアサリやホタテ、大きな海老をそのまま入れたシーフードカレーにしてくれた。思ったほど手間がかからない。
「レストランの味と同じですから、どうぞ――」
 味見をした息子が、喜色満面で言いつつ私に勧める。
「何て爽やかで奥の深い美味しいお味ですこと。これがトマトとスパイスが奏する本場のお味なのね!」
 私はスパイスの香(かぐわ)しさと奥深さに、感嘆の声をあげた。スパイスの程よい辛さと爽やかさが全身に沁み通る。これなら毎日食べても飽きが来ないだろう。皿を洗いながら息子に言った。
 今度は手慣れた手つきで、「ビンディマサラ」というオクラとゴーヤのトマト料理を教えてくれた。ニンニクと生姜を炒め、縦半分に切ったオクラとゴーヤに火が通ったら、薄切りの赤玉葱とトマトを加えカレー粉、クミン、塩、胡椒で味をつけるだけのシンプルな料理であった。イタリアンばかり作っているのかと思ったら、いつの間にか本場のインド料理まで勉強していたのには驚かされた。
 この外、「チキンカレー」と、ほうれん草とカッテージチーズの入った「サグカレー」や「サグパニールカレー」などを教わった。ほうれんそうを茹で、ミキサーか包丁で細かく切ったものを最後に入れ、カッテージチーズをのせれば出来上がりである。
 息子は仕事の合間に、銀座の由緒あるインド料理店の三代目からカルチャースクールでじきじきに教わっているのだという。トマト料理は冷めても美味しいので、弁当にも時々持っていくと言いつつ、スマートホーンをスクロールし弁当の写真を見せてくれた。自分が作った料理もすべてを写真にして保存しているらしく、まるで料理の本のごとく多彩な料理が次々と出てきて度肝を抜かれる。トマトのスイーツまであった。
「周りの皆さんにお弁当をお見せするの?」
「お弁当は人様に見せるものではありませんので、静かに食べます。ケーキなどは誕生日の人に作ってあげますけど」
 淡々と答えた。そして、難しい仕事をしているからこそ息抜きとなり、料理はおもしろくて楽しいのだと語る。
 生きにくい時代になってきたのか、近年、生きる力を喪失し精神を病む若者が多くなった。しかし、山あり谷ありの人生も捨てたたものではない。困難の多かった人生だけに、悲しみや苦しみの涙は、精神を鍛え明日を生きる力となることを、生き生きと料理をしている息子の姿を見て感じる。生きる喜びが伝わってくるからである。料理ほど人をよろこばせ、五感を養う作業はない。たとえ赤い実の虜になろうとも、仕事以外にも心の渇きを潤す時間を大切にし、自分の内面をも充実させられる人間であってほしい。
 それにしても、息子から料理を習うなど、私の人生の選択肢にはなかった。「これでは昔取った杵柄(きねづか)も形無しである」そう息子に話すと、
「そんなことはありません。幼い頃から側で見てこなかったら、こうして料理など作れませんでしたから――」
 柔らかな笑顔をはじかせ、まじめな口調で私を慰めてくれた。今や赤い実は、人生の黄昏を迎えくたびれたわが家に、快い新鮮な風と香りを運び私の心を沸かせてやまない 。

 夏も終わりに近づいたある日の夕方、八百屋の店先を通り過ぎようとした。すると熱い眼差しを感じた。振り向くと赤い実がそっと目くばせする。私はまたも誘惑に負け後戻りした。そして、居ずまいの美しい箱を両手で抱え、
「もうすぐお別れをしなくてはならないわね。いつまでも一緒にいられるよう、今度はピュレーとジャムにしようと思うのよ――」
 そっと耳打ちした。