姉の入院  
              石川のり子

 事故はちょっとした不注意で起こる。昔から「後悔先に立たず」といわれているが、ほんの些細なことが怪我に繋がる場合が多い。5歳年上の姉の骨折もそうだった。
 テレビ体操を終えて、さて新聞でも読もうかと広げたとき、我が家の電話が鳴った。6時半を過ぎたばかりの時間帯で、いったい何事かと、慌てて受話器を取り上げた。声の主は、耳を疑うほど弱々しい姉の声だった。
「腰が痛くて起き上がれないの……」
 事情の飲み込めない私は急(せ)き込んで、
「一体、どうして?」
 と、尋ねた。姉も私と同じように6時25分から始まるテレビ体操を10分間しているはずだった。姉は、
「畳で足が滑って、仰向けにひっくり返って……」
 と、痛みを堪えているのか口ごもった。仕事のある大事な日に、家の中で、しかも体操の最中にひっくり返るなんて、しきりに不注意を悔いている。姉は週末に東京方面の教室で薬膳料理の講師をしている。今まで休んだことがないと、私に自慢をしていた。
「病院で診察してもらって、それから連絡したらどうかしら?」
「腰を強(したた)かに打って、あまりの痛さに声が出なかったわ。大声でお父さんを呼んだけど、耳が遠くなってなかなか来てくれないし……今はスマホで電話しているんだけど……」
 姉は何度も「困っちゃったわ」を、口にした。
「そんなに勢いよく体操していたの?」
 私はただ機械的に手足を動かしているだけなので、ひっくり返ったことはない。姉は子どものころから運動が得意で真面目に取り組む性格だったから、それが裏目に出たようだ。
「靴下が滑ったのよね」
「とにかく、朝ご飯を食べたら、そちらに行くわ」
 慌ただしく朝食のトーストと野菜を食べて、牛乳を飲んだ。モモには留守番をさせるので、いつもどおり、ドッグフードにジャッキーをのせて食べさせた。洗濯は後回しにして、車を運転して、2キロほど離れた姉の住まいに向かった。
 
 姉は倒れたままの姿で、仰向けになっていた。一人で起き上がれないので、義兄と二人で立ち上がらせ、両脇から支えると、歩くことはできた。保険証などバッグに入れ、姉を助手席に乗せた。近くの整形外科医院に連れて行くつもりで出発したが、義兄も私も動転していて春分の日の祝日であることを忘れていた。休診だった。
 隣の市にある総合病院は、休日でも夜間でも患者を受け入れてくれると耳にしていたので、30分ほど車を走らせた。8時を回っていたが、入り口の車椅子に乗せ、閑散とした待合室で診察の順番を待った。
 受付係の女性が、整形外科の先生が当直ですよと、親切に教えてくださった。保険証の姉の住所が神奈川県なので、気の毒に思われたようだった。姉は相模原市で長男の家族と二世帯住宅に住んでいたのだが、改築のため、この利根町に越してきた。別棟には次男一家も住んでいる。思いもよらない転居先での事故だった。
 レントゲンを撮ると、脊髄の一箇所がつぶれているとのことで、圧迫骨折と診断され、即、入院が決まった。
 姉にとっては出産以来の入院で、できるだけ入院は避けたかったようだったが、医師に、
「76歳にもなっていれば、骨はスカスカですよ。これ以上ひどくなる可能性もあります」
 と、諭され観念した。
 姉は放送局の管理栄養士として定年退職まで働き、この間、短大や専門学校で若い人たちに栄養学などを教え、その後、国際薬膳士として薬膳料理も教えている。職業柄つねにあらゆる栄養素を含んだ献立を考え、実践していた。少なくとも私よりはるかに知識があったし、健康にも注意していたから、骨折は想定外だっただろう。
 
 3階の病室に案内された姉はベッドに横になった。私は義兄と一緒に帰り、入院に必要なパジャマや下着類、タオル、バスタオルなどバッグに詰めて届けた。3階の談話室で次男の子ども(5歳と8歳)を見つけ、手を振るとにっこり笑って応えてくれた。4人部屋の病室には入らずに、パパとママを待っているとのことだった。
 それから、私は洗濯物の交換で毎日病院に通った。ちょうど一週間が過ぎたころ、姉のメールで、原因ははっきりしないが、全身に湿疹が出て、痒いし痛いし、熱もあるのよ、と知らされた。
 私は心配になって、いつもより早く病院へ行った。姉の全身には真っ赤な細かい湿疹が出ていた。食欲がないため点滴をしていた。苦しそうな様子を見ているのがつらくなって、長居はせずに帰った。
 病院では担当の医師が忙しくて質問できなかったので、思い切って新潟の兄に電話した。事情を説明し、何の湿疹か尋ねた。兄は「多分、薬疹だろう。薬を中止したのだから、もう治まるよ」とのことだった。兄は80歳を過ぎてもまだ現役の医者として働いている。
 翌日病院を訪れたとき、食欲のない姉はまだ点滴をしていた。兄とのやり取りを話すと、暗かった姉の顔に安堵の笑みが広がった。
 湿疹は徐々に赤みが薄れ、姉も楽になったようだった。皮膚科の医師はパッチテスト(皮膚貼布試験)で原因物質を突き止めてくださったとのこと、この湿疹のため退院が4、5日延長され、半月ぶりに帰宅した。

 完全に骨が固まるまでは無理をしないようにとの注意に従って、姉は慎重に生活している。1か月後にレントゲンを撮って異常がなければコルセットも外せるとのことである。  
 姉はときどき庭に出て芝生を歩き、咲き誇っている牡丹やツツジなどを愛で、孫たちに「おばあちゃん、元気でね」と言われて、目を細めている。
 私は毎日犬を連れて訪れ、話し相手になっている。