出 会 い               
                  中井 和子


 三・一一の東北大震災から五ヵ月経った八月半ば、東京のK夫人から電話があった。
「以前に、私はいろいろな手芸をしていたので、その材料がたくさん残っているのですよ。福島の被災された方で、欲しい、という方がいたら差し上げたいと思うのです。クラシックビーズや刺しゅう糸から、なにかに使える生地もありますし……」
「ありがとうございます」
 私はお礼を申し上げながら、夫人のお優しいお気持ちに感謝した。
 夫人はこれまでにも、テレビで報道された宮城県の気の毒な被災家族へ、個人的に生活物資を送り続けている。
 八十二歳になる夫人は、両ひざは人工関節で、腰も施術されている。歩行も杖が頼りなのに、困った人のためには労を厭わない。礼法の教授も務められている。礼儀の教えである、相手への暖かい、思いやりのある心遣い、自らを抑制する美意識の作法を守っておいでなのかもしれない。そして、クリスチャンでもある清教徒精神なのかもしれない。そのような夫人に、私はいつも敬服している。
 私が初めて夫人とお会いしたのは、一九九五年である。私がユニセフ・フォスタープラン協会の会員になり、ケニヤの子どもを支援することになった。同じケニヤのフォスターチャイルドを援助しているK夫人から、そのケニヤの子どもたちに会いに行きませんか、というお誘いがあった。初対面同士の皆さんをまとめてくださり、お陰ですばらしいケニヤの旅を体験できたのであった。
 さて、私は、夫人のご好意を無にしたくなく、福島市内に数ヵ所ある仮設住宅の一つを訪ね、世話役という男性に事情をお話した。皆さんに計ってお返事をくださることになったが、ご連絡がなかった。
 それから間もなく、四十歳代の女性の写真入りの新聞記事が目に留まった。
 M子さんは、福島県浜通り地方の浪江町で、一年前に手芸工房の店を開いたものの、被災され、現在は、私が訪ねた別の仮設住宅に住んでいる。市の商店ブースには、何かと規制があるのだが、市の特別な計らいで手芸工房「ふく福」を出店した、とあった。
 私はさっそく「ふく福」を訪ねた。地元福島にいる者として、私も何かのお役に立ててもらえたらと、たんすに眠っているタイやミャンマーのシルク生地を携えて行った。
 一・五坪ほどの狭い店に、つるし雛、バックや和服地の洋服、アクセサリーや飾り物など、所狭し、と並んでいた。その作品群はなかなかなもので、手作りの温もりが優しい。
 そして、M子さんの説明があった。
「被災地の店からは、放射線の汚染で何一つ持ち出せず、ここにあるのは、福島に避難してから皆さんに頂いた材料で、友人たちがそれぞれに得意な分野で作った作品です。私は洋裁の方で、洋服のお直しもやります」
 私がK夫人の申し出を話すと、M子さんは、
「助かります」
 と、頭を下げた。私が持参した生地にも大層喜んでくれた。
 私は、この工房に携わる人たちの復興への励みになることを心から願うのであった。
 その夜、私は夫人に電話をした。夫人はさっそく手芸の材料を、運送店のいちばん大きなダンボールに一つ、M子さんに送られた。その後も、着物や帯を届けられたそうである。
 私が工房に立ち寄って三度めのとき、M子さんは薬草茶を入れてくれながら避難時のようすを話してくれた。それまで私から尋ねることは控えていたのであった。
 M子さんが住んでいた町は高台になっていて、津波には遭わなかった。しかし、翌日、海岸がどうなっているか見に行こう、などと、みんなでのん気なことを言っていたら、水素爆発があって、すぐ町から逃げるように、早く、早くとわけもわからずに、着のみ着のままバスに乗せられて故郷を去った、という。
「もう、帰れないですね。放射線量が高いから……家の中の物は何も持ち出せないし、町の警戒区域解除になったら、位牌(はい)だけを持ってこようと思っているのです」
 M子さんは淡々と話した。聞いている私の方が切なく、むなしくなってため息が出た。
 私のため息を振り払うようにM子さんは言った。
「でも、隣町で一人暮らしをしていた実家の母も同じ仮設住宅の1LDKに住むことができて、かえってよかったかな、と思っています。母は糖尿病ですし、一人にしておいて心配だったのです。私は女子高生の娘と主人、その両親と3LDKに住んでいます。主人は仙台へ赴任しているのですけれど、そのうち福島に家を探そうと考えています」
 家族みんなで住める家がみつかり、M子さんにとって、福島市がすてきな第二の故郷になってくれることを、私は心から願うのであった。
 そして、五月(二十四年)にはケニヤへ行った人たち十人ほどの親睦会がある。今年は松本市でお会いする予定になっていたのだが、K夫人が、
「福島災害のお見舞い、復興の願いも込めて、 福島で皆さんにお会いすることにしましょう」
 と、急きょ、福島の飯坂温泉に決めてくださった。遠くは京都からお見えの方もいて、私は嬉しく、恐縮している。その機会に、夫人はM子さんの店へも立ち寄りたいとのことで、それぞれに、五月のその日を楽しみに待っている。
 素敵な出会いは素晴らしい。心豊かに幸せな気分にしてくれる。