ファッション
                  中井和子


 今日は友人たちと忘年会であった。
 久しぶりに会う友人たちの元気なようすを見ると、ほっとして心が和む。
 友人たちとおしゃべりをしていると、
「こんにちは!」
 と、A子さんが入ってきた。茶やグレーなどのくすんだ色彩の中へ、A子さんの燃えるような赤のセーターは、八十路に手の届く人たちの目を見張らせた。美人はなんでもよくお似合いだ。
「お若いわねえ」
 と、感嘆の声があがった。
 最近、私は出かけるたびに、今日は何を着て行こうかしら、と悩むようになった。流行とは縁のなくなった私は、手持ちの服を、それも一昔前からのものもあって、着まわしていたのだ。昨年までは、なんの抵抗もなく着ていた服の色が、柄が、いやに派手に映り、私の顔色にそっぽを向く。なにを着ても似合わなくなった。もう、捨ててもいいはずが捨てられないでいる。オーダーした服はそれだけ着やすく、愛着があるからだ。
 それに、私は老いて背丈が五センチも縮んでしまった。いままでのゆったりサイズの服の中では、大げさに言えば私の体が泳ぐようなのだ。
 いまは縫ってくれる人もいなくなった。
 手持ちの黒いコートを羽織って鏡の前に立ってみた。福島県立美術館の常設展に展示されているマルクシャガールの絵『長ラシャの外套での出会い』を思い出して笑った。ズボンも隠れるほどの長い黒のコートを着た二人の男が、街中で出会って話し込んでいる光景だ。私もあのコート姿と同じで、いかにも時代的だ。さっそく裾を短くしてもらった。
 それでは新しい洋服をと、デパートへ出かけてみるのだが、既製服はなかなか合わない。そして、ようやく気に入って求めたはずなのに、すぐ飽きてしまう。その上、いまは細身のファッションスタイルで、私の肩幅は合ってもウエストが締まらない。体の線がスタイルブックのスタイルからはみ出すようになってしまった。
 私は、特別におしゃれをしたい、というわけではない。
 西欧の中世期では、老人はみな醜く忌み嫌われて、老女たちは魔女扱いにされたという。老醜を晒したくない、と自殺した人もいるが、私は、したたかに、素敵に生きる人を尊敬する。
 街中でも老齢ながら、とても素敵で品のある方たちを見かける。これまでの来し方や、日ごろの心がけによるものと推察する。私もまた、そうありたいとあこがれるのだが……だれしもが美しいことを好む。自分自身のために、そして、周囲に対しての気遣いのためにも、質朴でいい、身ぎれいにしていたいものである。
 と、言いながら、家の中にいる私は、外に一歩踏み出すと、すぐ、スコップや剪定はさみなどを持ちたくなるので、つい作業着まがいの服装でいることが多い。それで、突然のお客様にはおおいにあわてることになり、常日頃の身だしなみを反省しているのだが……。
 今のマリンティストといわれる、細身の『大人かわいい』フアッションを初めて目にしたのは三年前ぐらいになるだろうか。
 私が東京の街を歩いていると、二十五、六歳の美しい二人の女性が、ハイウエストでギャザーに切り替えた、その小花模様の身丈の裾は、ヒップラインという短いものであった。それがロングブラウスなのか、ワンピースなのか、私には皆目判別がつかないのだった。
 下には、体にぴったりついた黒い膝下のスパッツをはいて、さっそうと私を追い抜いて行った。私の驚きは、目が飛び出るほどであった。
 喜寿半ばの私にとってそのスタイルは、昭和時代の女児スタイルであったからだ。スパッツをブルマーやタイツに替えたら昔の女児服そのものである。
「衣服は人格である」と言った人がいるが、そうであれば『大人かわいい』ということばからして、いまの女性たちは、おとなになりたくない願望でもあるのだろうか、と勘繰りたくなる。
 流行は早い。こんどは、ゆったりとした可愛いいファッション、『ゆるかわ』へと変わっていくらしい。
 それにしても、短縮ことばは通信機器の進歩、普及の影響からの産物である、と言われているが、私にはなにやら気に入らない。
 しかしながら、年寄りが何を言おうが『かわいいルック』は発展して、少女マンガのふりふりのお姫さまのようなファッションが世界中の女性を虜(とりこ)にしているのだとか。また、そのファッションを制作できるのは、日本だけの、ものづくりの技術であり、『クール・ジャパン』の代表として外貨獲得に一役買うそうだ。
 日本の女性は可愛くなるし、国の経済を押し上げてもくれる。めでたし、めでたしの上上の話である。

 どこからか声がした。
「魔女スタイルはどうかしら?」