フリフリグッパー体操
               石川のり子

 自治会で回覧板を回して参加を呼び掛けている「フリフリグッパー体操」がある。もの忘れ防止の体操で、町の3か所で開かれ、月2回、考案された筑波大学の征矢英昭先生が指導に来てくださっているとのことである。
〈いつでもどこでも気軽にできる軽体操〉というキャッチフレーズにひかれて、私は運動のできる服装で会場の公民館へ行った。
 入り口の受付では、お揃いの白のTシャツを着たボランティア3人が出席をとり、新人には出席カードとチラシを配っていた。チラシには「フリフリグッパー体操とは」と書かれてある。目を通すと「脳の活性化、脂肪の燃焼効果、骨密度の低下抑制、転倒予防などの多くの効果が期待される」とある。この体操を続ければ、私の日ごろの「もの忘れ」の悩みが解消されるかもしれない。初めて参加する心細い気持ちが薄らいだ。
 集っている方々は、平日の10時から11時に参加できる年齢で、いわば第一線を退いた人たちが、4,50人ほどいらっしゃる。男女の比率はほぼ同数ぐらいだろうか。ほとんどの人が、白のTシャツを着ていて、前と背中にフリフリグッパーの文字とウサギとネコが踊っているイラスト入りである。
 直接指導してくださるのは、孫のような年齢の筑波大学の大学院生Tさんである。すらりと背の伸びた好青年である。征矢先生のお伴で来ておられるらしく、担当者とも親しい。
 詳しい事情は分からないが、町と提携し実践している体操らしい。大学側は運動による老化防止の研究を目的とし、町側は医療費削減に結び付けたいと、お願いしているのだろう。参加費用は無料である。
 運動の開始前には、15秒間脈拍を数え、それを4倍して、Tさんの読み上げる数字に挙手をする。体調も、苦しい、やや苦しい、楽である、やや楽である、非常に楽である、の5段階に分かれていて、やはり挙手をし、自分の体調を考慮して無理のない運動をするように、とアドバイスがある。
 手足から全身を動かして軽いストレッチ運動から始まる。壇上のTさんの力を入れない伸びやかな動きは見ていて羨ましい。
 ついで各自がボールを使っての運動である。バレーボールほどの大きさだが、上に放り投げて受け取ったり、足にくぐらせたり、腰を下ろして屈伸をしたり、いろいろなことをやる。長い間ボールに触っていなかった私は、何度もボールに逃げられ追いかけた。私よりはるかに年長と思われる方々が真剣な表情で取り組んでいる。Tさんは自分の祖父母に接するように、「じゃあ、無理のないように、ゆっくりと、もう一回やってみましょう」などと、声をかける。

 ホールの時計が10時25分になると、5分間の休憩である。ボールを片付け、椅子に座って水分を補給する。私は隣席で汗を拭いている白髪の女性に尋ねた。
「初めて出席したのですが、長く通っていらっしゃるのですか?」
 すると、ちょっと考えるような素振りをしてから、
「そうねえ、始まった当初からで、10年になるかしら?」
 赤らんだ顔に笑みを浮かべられた。
「まあ、そんなに……」
「おかげさまで、この歳でも何とか続いています」
 謙虚な方である。私は大きく頷いて、
「お手本にさせていただきます」
 と、尊敬をこめた笑顔を向けた。

 後半は「フリフリグッパー体操」である。
 壇上にサトウハチロー作詞・万城目正作曲の「リンゴの唄」の歌詞が書かれたホワイトボードが運び出された。すっかり忘れていたはずなのに、1番の歌詞は覚えていた。
 
  赤いリンゴに唇寄せて
  黙って見ている青い空
  リンゴは何んにも言わないけれど
  リンゴの気持ちはよく分かる
  リンゴ可愛や可愛やリンゴ

 カセット・デッキからは並木路子さんのきれいな歌声が流れている。それに合わせて、Tさんは足を肩幅に広げて、足先を「ハの字」にして、つま先を床につけたまま足踏みをする。腰も足踏みに合わせて軽やかに振る。足がスムーズにできるようになると、腕を広げたり、閉じたりする。広げたときには手は「グー」で、閉じながら「パー」にして、手を叩く。真似をしてやっているが、なかなか難しい。これを「リンゴの唄」を歌いながらやるのだから、動きがにぶってくる。
 4番までやり終えて、疲れて座り込みたい気持ちを、老化防止になっているのだからと、封じ込める。
 最後はTさんも加わって円形になり、腕を組んで、左の人の真似をして足を上げたり、お辞儀をしたりする。順番にやるだけなのに、きれいなうねりになって、高度な技術を習得したような気分になる。その後、肩叩きで緊張をほぐし終了となる。
 椅子にかけて再度、全員で脈拍を数え、Tさんに感謝の拍手を送る。
 出口では、Tさんやボランティアの方たちが並んで、「次回、元気でお会いしましょう」と見送ってくださった。