二人の娘と
                  石川のり子

 二人の娘が独立して家を離れてからは、娘たちとゆっくり旅行をしたことがない。
「どこかで、美味しいものを食べて、のんびりしたいわね」
 などと、話題にはなるのだが、いまだ実現していない。  
 ところが今夏、どういう風の吹き回しか、お盆に帰省した次女から、
「疲れているようだから、いっしょに温泉など、どうかしら?」
 と、誘われた。望んでいた申し出ではあるが、いざ口にされると、心配性の私は、
「体調でも悪いの? それとも彼とけんか……?」
 と、さり気なく探りを入れた。次女はあっけらかんと、
「全然。お母さんも年だし、たまには親孝行したいと思ってね」
 と言う。まだ子どものいない次女は、1時間くらいの所に住んでいるのに、仕事が忙しいことを理由に、用があっても顔を出さない。お盆で半年ぶりに帰ってきて、母親が年をとったように見えたのだろうか。いつものように駅に迎えに行き、好物を料理したのだが、何かが違っていたらしい。  
 それに私が先の電話で、友人のご主人が突然亡くなって、ちょっとした不注意で何が起こるかわからない。一人暮らしが心細いなどと、弱音を吐いたからかもしれない。もしそうなら、薬が効き過ぎた、などと言ったら叱られそうだが、旅行に行こうと誘ってくれたのだ。
「うれしいけど、モモ(犬)がいるから泊りは無理ね」
「じゃあ、日帰りでぶどう狩りなどはどう? パンフレットもあるの」
 どうやら、娘は私を旅行に連れ出す心づもりで来たようだ。私は笑みの浮かんでくる顔を向けて、バッグから取り出したチラシに目を通した。A4サイズのチラシには、大きく“果物狩りと石和の湯”と書いてある。料金は1万円ほどで安い。ランチはオープンガーデンでキノコのバーベキューとある。交通手段は、新宿駅からの電車で、指定席だ。バスに弱い私はすっかり気に入った。
「お姉ちゃんも誘って三人で行けたら最高ね」
 長女は二人の息子がいるから無理かもしれないが、次女は頷いて、誘ってみると言う。すべてを任せて、連絡待ちということになった。

 お盆過ぎの土曜日、9時に二人の娘と新宿駅で待ち合わせた。中央線で石和駅まで1時間45分もかかるが、電車は時刻どおりに運行されるので安心だ。
 意外に乗客は多かった。私と長女が並んで座り、次女が通路を挟んで座った。三鷹駅や立川駅からも乗車するのだが、乗った車両に空席がほとんどない。次女の話では、たまたま3人分のキャンセルがあって確保してもらったとのことで、周囲は中国人だった。しかし、声高に話すわけでもなく、静かだった。
 電車の中では、3歳違いの姉妹は小声で楽しそうに話していた。私はバッグから文庫本を取り出した。五木寛之著の「林住記」である。根を詰めずに、ぱらぱらめくる程度に読む。
 作者は人生100年を4等分し、50歳から75歳までを林住期と説く。私はこの時期に当てはまる。それでこの本を買ったのだが、娘たちは今まさに家住期、25歳から50歳までをさすらしい。社会人として就職し、結婚をし、家庭をつくり、子どもを育てる。いちばん充実した時期である。屈託なく話しているが、心労もあるだろう。私は無我夢中で生きてきたが、娘たちの手本になっていただろうか。
 あれこれ考えていると眠くなってきた。娘たちの話し声が子守歌のように聞こえる。
 
 石和駅での下車は初めてである。以前、モモ狩りに来たことがあったが、バスだったため酔い止めの薬を飲んで、ほとんど眠っていた。
 今回は気分爽快である。ただ暑い。駅に迎えにきていたマイクロバスで昼食会場へ向かう。
 ぶどう棚の木の下に幾つものバーベキュー用のテーブルが並べられ、各グループの名札が置いてある。人数分の蓋つきのどんぶり、たれの入った小鉢、湯飲みとお箸も並べてある。そこにキャベツ、キノコなどとお肉が盛られたお皿が運ばれ、銘々で焼いて食べるのだ。長女がてきぱきと焼いてくれるので、炊き込みご飯といっしょに頂く。ワインを頼んで飲んでいる若者のグループもいたが、私たちは冷たい麦茶で、汗を流しながら美味しく食べた。
 食後のデザートは摘み取ったぶどうなので、バスに乗せられて、15分ほどのぶどう園に案内される。食べ放題でも、持ち帰りが出来ないので、一房を食べるのが精いっぱいだ。簡易椅子に座って3人で輪なって、大粒のぶどうを無言で食べた。
 その後、「薬石の湯」に向かう。入浴時間は2時間余り、浴場内での衣服、バスタオル、タオルなど貸してもらえるので、のんびり寛ぐ。まさに母娘水入らずで、至福の時間だった。
 売店では、中学生と高校生のぶどう大好きな息子のために長女は、籠入りの巨峰とゼリーを、次女も私も職場やサークル仲間にお土産を買った。荷物が多くてもマイクロバスが駅まで乗せてくれるので、ツアーは有り難い。
 5時半、帰りの電車に乗った。娘たちも私も疲れて眠ったが、電車は走り続けていた。そろそろ新宿駅に到着と思われるころ、突然のアナウンスで、線路に人が入り込んで、のろのろ運転をしているとのことである。しかし、30分遅れの7時半、無事新宿駅に到着した。
 車内でひと眠りした私たちは、両手に荷物を持って、満足した表情で家路を急いだ。