扶養家族  羽田 竹美      

 2010年に猫のアリスが死んでからもう猫は飼わないと思った。障害のある私には病気になったとき、病院に連れていかれない。一人住まいになった時点で、もう飼うのは無理とあきらめた。しかし、猫のあの柔らかな感触とあたたかさが懐かしくて猫を抱きたいというおもいを募らせていた。下北沢に「ネコカフェ」というものがあると聞いて、タクシーで行ってみようかとさえ思っていた。
 アリスが元気なころからぬれ縁で餌を食べている雄猫がいた。私が勝手にコタロウと名づけていたが、彼は生まれながらのノラ猫なのか、それとも人間によほどひどいことをされたのか、決して心を開かない。餌のお皿を出しても、近づくと「ファーッ」と威嚇する。最初に家に来てから、もう四年以上にもなるのに、私との距離は縮まらない。艶々した黒い背中を触りたいと思うのだが、ちょっと手を出すと、「ファーッ」と威嚇して逃げる。このごろはあきらめて距離を置いて付き合っている。 
 それでも最近、面白いことにコタロウの黒い影がガラス戸に映ると、私はすぐに戸を開けて、
「コタロウ、こんにちは。昨日来なかったから心配してたのよ。待ってね、今あげるからね」
 と、話しかけると、上目づかいに私を見てから大きな欠伸をしてのびをする。そのしぐさがかわいくて私の頬が緩んでしまう。ほんの少し心を開きつつあるのかもしれない。
 朝、起きてカーテンを開けると、もう来ているときもあるし、五時ごろ帰ってくると、ぬれ縁にねそべって待っているときもある。一日二回くるときもあり、二、三日姿を見せないときもあって、とにかくコタロウは気まぐれ猫である。ちっとも馴れないコタロウだけど、「ここのおばさんは必ずごはんをくれる」と、信じ、来てくれるこの猫のために、私はペットショップに行ってカリカリの重い袋とおいしそうな猫缶を選んで買ってくる。
 コタロウはアリスを亡くした後の我が家の扶養家族になっている。
 そして、もう一匹。一昨年ぐらいから、ときどき現れる首輪をしている三毛猫が餌を食べるようになる。はじめ、「さくら」と名づけて呼んでいたが知らんふりしている。餌のお皿を出すと、用心しながらそおっとそおっと近づいて、私が隠れると食べ始めた。そのうちだんだん馴れてきて、リビングのガラス戸を開けて中にお皿を置くと入ってくるようになった。
 つい一か月前の二月初めの昼下がりに、感動的出来事が起こった。リビングの中でカリカリを食べている頭をそおっとやさしくなぜるとじっとしていてくれた。首の下をなぜてやると、気持ちよさそうに目を細める。私は抱っこしたい衝動にかられ、抱き上げた。三毛猫はおとなしく抱かれた。ソファに座って膝の上にのせてなぜてやるとゴロゴロと喉を鳴らしている。
 アリスがいなくなってから夢にまで見たあの感触を実感できた喜びで開いている窓からの冷気も感じなかった。
 ついていたテレビから「ショコラ」という声が聞こえると、三毛猫の耳がぴくっと動いた。そうか、この猫は「ショコラ」という名前なんだ。どうりで「さくら」と呼んでも反応しなかった訳だ。
 ショコラはしばらく私の膝の上にいたが、やがて、さっと飛び下りて帰っていった。
 それからショコラはときどき現れてリビングの中に置いてあるお皿からカリカリを食べて、お部屋を少し探検してから帰っていく。散歩の途中でカフェに寄りおやつを食べて一休みしていくといったところだろうか。紅い首輪についている鈴を鳴らしてやってくる、美形の若い雌猫を、私は毎日待っている。
 扶養家族の中に加えたいのは冬鳥の存在だ。今年(2014年)の二月は雪がよく降り、雪に弱い東京は大混乱であった。その雪降りの朝、庭の八重桜の梢で二羽のワカケホンセイインコがじっと餌をくれるのを待っている。私が毎朝、餌台にヒマワリの種を入れるのをねらっているのだ。朝から雪がさんさんと降っており、餌台もつるした籠も雪に埋もれていた。いつもは大食漢のこのインコを追いとばすのだけど、その日はやはりかわいそうになる。二時間もじっと餌を入れてくれるのを待ついじらしさに負けた。
 私はフード付のコートを着、長靴を履いて外に出た。杖で支えながらそろりそろりと歩く。雪を踏みしめ一歩一歩餌台に向かう。転ばないように、と呪文のように唱えるがよろける。辛うじて杖で踏みとどまりほっとする。また一歩、お腹を空かした小鳥たちのために何とか餌を入れてやりたいという一心だった。やっと餌台に辿りついてヒマワリの種を入れ、梢で待っているワカケホンセイインコに、
「食べていいよー」
 と、声をかけた。
 枝にリンゴを刺し、籠にも入れてからゆっくりともどる。ガラス戸を閉めると、小鳥たちは餌台に群がる。ワカケホンセイインコもヒマワリの種を食べている。いつもは追い払うけれど、
「今日はいいよー。たくさん食べなさーい」
 私は良寛さまの心になっていた。
 庭に冬鳥を呼ぶようになってから長い年月が流れた。最初は夫が角材に板を打ちつけただけの簡単な餌台を作ってくれた。子どもたちが成長するにしたがって、お父さんと一緒に屋根のある餌台やシジュウカラの巣箱などを作ってくれ、庭にくる小鳥の数が増えていった。
 冬、餌台でたくさんヒマワリの種を食べているからシジュウカラの夫婦は丸々太っていて、良い子を育ててくれる。
 たくさん来るスズメも我が家の扶養家族の一員である。巷ではスズメの数が減っているというニュースも聞かれるが、我庭にはふっくらとしたスズメたちが一年中憩っている。夏には虫がいくらでも捕れるし、冬は餌台でお腹いっぱい食べられるからだろう。
 餌台に来る鳥の中には遠くシベリヤや中国西部あたりから渡ってくるツグミやジョウビタキがいる。そんな遠くからはるばる我庭に訪れてくれる鳥たちを見ると、
「よく来てくれたね。ありがとう」
 と、胸が熱くなる。
 冬鳥のレストランが繁盛すればするほど餌代もばかにならない。少しでも安いペットショップを探したり、スーパーで安価なリンゴやミカンを仕入れてくる。
 一人住まいの私はお金にも代えられない愛しい扶養家族たちから生きる楽しみと力をもらっている。