合同の発表会
            石川のり子

 公民館での《音楽とダンスの祭典》に、今年もフォークダンスのメンバーの一員として参加できた。
 このデモのために、習った各国の民族舞踊の中から4曲を選び、3か月ほど前から復習を始めた。出演者25名は年齢が50代の後半から6、70代、80代と幅が広いので、先生は細かい動きまでじっくり時間をかけて教えてくださった。
 舞台衣装は、その国らしい地域性を感じさせるために、白地にカラフルな色合いで刺繍を施したブラウスと原色の華やかなスカートである。曲ごとに衣装も替えるので、当日は大荷物になった。髪には花を挿し、髪飾りやショールやスカーフで、イングランド、アメリカ、メキシコ、ロシアの民族性を表現する。長年踊りを楽しんでいらっしゃる先生の発想はすばらしい。魔法にかけられた私たちは、舞台映えがするように濃いめのアイシャドーに真っ赤な口紅を塗り、長いイヤリングをつける。舞台上のダンサーは腰の曲がりかけた素人なのだが、このときとばかりに胸を張り、ときどき失敗の笑顔を浮かべるので、年齢を感じさせないらしい。気が置けない友人は、遠目には少女のように見えたと感想を述べてくれた。

 この行事は、公民館などの公共の施設を練習の場としている団体の、年に一度の晴れ舞台である。コーラス、ピアノ、混声合唱、フラダンス、コーラスバンドなどなど、13部門に分かれている。
 年度末の3月の初旬は気候の変動が激しい。今年も小雨の降る寒い土曜日となってしまった。町民の出足は悪く、出演者の出番待ちの人が客席を占めていた。
 しかし、プログラムの中ほどになると、ホールの300席は満席となった。立ち見客も出るほどのにぎわいである。それもそのはず、子どもが出演するダンスである。幼稚園児や小中学生のダンスを見るために、親や親戚がカメラやビデオを携えていた。
 舞台のちびっ子たちの仕草はあどけなく、レオタードで舞台を歩くだけでも様になるのに、それが音楽に合わせ手を広げたり、足を上げたり、でんぐり返しまでするのだから、観客は拍手を惜しまない。
 この幼児たちは、11月の文化祭では親たちがお化粧を施し衣装も華やかに、ショーのような雰囲気だが、発表会では黒やグレーのシンプルな姿で、練習の成果を見せている。
 中学生になると、表現力が豊かで足先や指先にも神経が行き届いている。幼いころから踊っているので体も柔らかく、「プロも顔負けね」と、身びいきで話しているのが聞こえてくる。部外者の私たちでさえ、成長した姿に驚かされる。
 子どもの出演で元気をもらった観客は、まだ終了していないのに、悪びれもせずに、帰る。

 私は65歳でフォークダンスの仲間に入れていただいた。《健康のため》だったのだが、これほど奥が深く激しいステップの踊りとは思わなかった。30年も踊り続けている先輩に助けられて、6年目の今も練習に通っている。
 私が初めてこのデモに参加したのは、習い始めてわずか3か月のときで、思い出すだけでも冷や汗が出る。子ども時代から運動は苦手、くわえて高齢者の仲間入りをしてからの挑戦だから覚えが悪い。ただ先輩方の足の動きを見て真似をしている。
 どんな稽古事でもいえることだが、記憶力のいい若い頃に始めると、たとえ長いブランクがあっても動作が身についている。定年退職後、同じようにスタートラインに立っても、「遠い昔、学生時代にやっていました」という人はどこか違う。
 この合同の発表会でも、3つのパターンが見られる。一つは、退職してから時間に余裕ができたからと始めた人、次は、若い時から好きで続けている人、三つ目は、若いときには熱心だったが、仕事や子育てが忙しくなって中断し、再び始めるケースである。もちろん、私は一つ目に属するのだが、いくら熱心にやっても、歩みは遅々としている。他人様に披露出来るものではないのに、年の功とやらで、観客に我慢を強いている。
 同年代の友人が子育ての息抜きにもなると趣味の歌をずっと続けているが、老人施設などで披露して喜ばれている。「心がけが違うのね」と、手放しで賛辞を送ると、「この声をくれた親に感謝しているわ」とおっしゃる。
 ともあれ、習い事は幾つになっても学ぶのに遅すぎることはないと思う。5年前の自分と今の自分を比べれば、易しいステップは踏めるようになった。先生の踊りも真似て踊ることができる。どんなに進歩は遅くても習っただけのことはある。
 高齢者になって新しい事を始めて、脳に刺激を与えることは、認知症の防止にも効果がありそうである。