励まされる
              中井和子

 夏の疲れが出たのであろうか、九月半ばになると体調がくずれた。血圧は不安定になり、咳(せき)や微熱も出て不快な気分の日が続いていた。
 そのようなある日、東京のF子さんからお電話をいただいた。
 日ごろは疎遠に過ぎているのに、まるで、私の体調不良をすでにお見通しのように、私の老体をお気遣(づか)いくださった。それがありがたく、おのずと私の体から悪い『気』が少し抜けていくようであり、気分が少し軽やかになっていた。
 私よりも十数歳お若くて、敬けんなキリスト教の信者でいらっしゃるF子さんは、西アフリカ、シエラレオネへ奉仕活動に出かける予定をされていた。しかし、彼(か)の地は、平成二十六年現在、エボラ出血熱が流行している。F子さんは出国前でよかったと、私は胸をなでおろした。
 それを私が話すと、F子さんは弱々しくおっしゃった。
「中井さんにもお祈りしていただきたいの。友人のいるあちらの修道院でも、エボラ出血熱で亡くなった方や、感染してしまった園児、その家族たちもいるという話なのです」
「それはたいへん。私もお祈りします」
「ありがとうございます」
 私はキリスト教徒ではないが、この切迫した事態を救ってくれるのなら、神様、仏様、だれにでも合掌してしまう。

 2011年3月11日の東日本大震災で福島原発が爆発して、放射線が福島上空を覆った。いち早くF子さんから電話をいただいた。
「福島はたいへんなことになっているのよ。政府ではまだ発表していないけれど、研究室にいる私の友人からの情報なの。すぐ、ご主人といっしょに私の家にいらっしゃい。遠慮なさらなくともいいのよ」
 我が家には犬もいて避難する意思のないことを申し上げたが、F子さんのお優しいおことばがありがたく、感謝の念でいっぱいになったのを、いつまでも忘れることはない。

 F子さんの電話から数日して、S夫人からお電話があって驚いた。
 私自身も、ここ一月の間、S夫人はいかがお過ごしでいらっしゃるかと、しきりに気になっていたからである。以心伝心のようであった。
 五十年前に、私の夫が県南に赴任していたことがあり、PTAなどでお付き合いをしていた方である。
 S夫人は、県南の郡部にお一人住まいだ。県北に住む私は夫人とお会いする機会はなくなってしまった。電話でお話をするのも二年ぶりであろうか。
 夫人は、
「私ね、九十一歳になりました。一昨日、S市から夜行バスで新宿へ行って、掛かりつけの病院で精密検査を受けてきたの。どこも悪くないのですって……。私、百まで生きちゃうかもしれない……」
「すばらしい!ぜひ百までがんばってください」
 S夫人の若々しいお元気なお声に触発されて、私の声も思わず弾んだ。
 そして、S夫人はことばを続けた。
「今朝、一年先輩の、九十二歳の友人から電話がありましてね、免許を書き換えてきたので、こんど車を新車に乗り換えるのですって……」
 と、楽しそうに話されてから、
「私ね、これから娘のいる帯広へ行ってくるわね」
 と、話された。
 私より十歳先輩たちのパワーに圧倒されながらも、お二人の元気がとても嬉しい。

 それから二日たち、こんどは北海道のW子さんから海の幸が送られてきた。
 W子さんは、お父様の跡を継いで牧場を経営なさっている。一度お伺いしてみたい、と思うのだが、日高までは遠すぎる。
 緑の牧場で悠々と駆ける馬の姿を見てみたい、と思うのだが。
 そのW子さんとは、八年前の十二月、沖縄、八重山諸島めぐりの旅で知り合い、それ以来のお付き合いである。
 牧場の仕事は十二月になると一段落するので毎年、旅行に出かけるのは、この時期になる、と話された。二、三月の春の季節は馬たちの出産期で牧場を離れられないのだそうである。日本ダービーに出場する馬もいるようだ。緑の牧場を自由に駆ける馬の足音はどんなであろう。
 私の知らない世界のお話は興味津々だ。
 W子さんのお母様は米寿でいらっしゃる。健康のための自己管理をなさり、お元気なので、W子さんは助かると、おっしゃった。
 そして、私の声に元気がなかったのか、
「なんといっても気力ですよ、気力!」
 と、励ましてくださった。私はなるほど、と素直に、
「気力ね、気力!」
 と、W子さんのことばを繰り返し、自分を励ましたのだった。

 それにしても不思議であった。昨年も私が体調を崩したときに、無音に過ぎていた友人たちから次々に音信があり、私はその方々に元気づけられたのであった。
 そういえば、と、1997年、中国へのツアーに参加したとき、ガイドの中国女性の話が思い出された。
「日本では寝たきりのお年寄りが多いと聞いています。中国では病気でないかぎり、寝たきりの人はいません。体調が悪くて寝ていると、近所の人たちや、友人たちがベッドの回りに集まって、ただ世間話をするだけなのですが、それで元気を取り戻します」
 これは本当のことに違いない。
 私も友人たちに元気づけられている。そっとさしこむ光のような友人たちの温かい思いに、ありがたく、感謝するのだった。