肺炎球菌ワクチン

                  中井和子

 肺炎は、日本人の死因第三位だそうで、平成二十六年十月から、六十五歳以上の高齢者は肺炎球菌ワクチンの定期接種を受けることになった。
 夫に、市からワクチン接種の案内がきた。
 そして、四月二十二日(二十七年)、夫は掛(か)かりつけの医院でワクチンを受けた。
 ところが翌日になって、接種した腕の部分が真っ赤に腫(は)れ上がり、痛い、という。
 私は二十六年の秋に受けたが、その際に、お風呂に入っても、こすらないように、と注意を受けたのを思い出して、
「お風呂でごしごし洗ったのでは?」
 と、私は夫を半ば非難するように言った。
「ああ、忘れてこすったかもしれない……、でもこれは、アレルギー反応だよ」
 夫はまったく気にせずそう言い、夜遅くになるとこんどは、
「ふらふらしてまっすぐ歩けない」
 と、苦笑している。
 このままで大丈夫なのだろうか? 私は気がもめたが、幸い明日、夫は市内の総合病院皮膚(ふ)科の受診日になっている。先日、顔にできた白いイボの手術を受けていた。その後の傷口の診察である。
 白いイボは、化膿(のう)しているようで不潔に見え、そして、目に見えて大きくなっていった。
「イボは根までとらないと、また出てきますから」という説明があり、切開したのであった。
 イボが根を張るなどまるで植物みたいだと、私は驚いて、そして面白がった。 

 私は、その明日が待ち遠しくなった。
 ふらついている夫の身に、もし、病院内で不測の事態が起きたなら、何かしらの対応はしていただけると思うからである。
 明けて、当日。皮膚科の診察室へは「奥さんもどうぞ」と言われて私も同席した。老人になると二人で一人前だ。
 傷口はきれいになっている、とのことで、一安心した夫と私は、先生に、礼を言い、席を立った。
 すると夫の体が大きく揺らいで倒れそうになった。先生、看護師さんが驚いて支えてくださった。
 先生はすぐ脳外科に連絡して頭のMRI検査をお願いしてくださった。異常はなかった。
 脳外科の先生は夫の病歴をご覧になり、
「以前、内科に掛かっていましたね。連絡しておきますから内科へ回ってください」
 体がふらついて歩けなくなった夫は、車いすに乗せられて内科へ移動した。
 すぐ血液検査をし、白血球が正常値の七倍の五万八千に達していることを説明された。
 以前に交通事故に遭って脊(せき)柱を損傷していることから、慢性的な貧血であるのに、白血球数のみが異常増加しているのであった。
「今日は、このままお帰りいただくことはできません。幸い一つ部屋が空いています。すぐ入院の手続きをしてください」
 夫はすでに処置室で点滴を受けていた。
 私は入院手続きをしながら、夫は、もう、ワクチンは打てない、と思った。
 病室は狭い個室であったが、私は付き添(そ)い用折りたたみベッドで、今夜からの介護の覚悟を決めていた。
 ところが夫は日中の点滴のせいか、三十分おきに小水に起き、夫のふらつく体を支えるのがたいへんであった。夜中に共に転んで起き上がれなくなり、夜回りの看護師さんに助けられたりした。
 そして、私自身も目まいがひどくなり、血圧を測ると二〇六に上昇していた。これで共倒れになってはたいへんと、夜だけ付き添いの人を頼んだ。
 三日が過ぎ、点滴の薬効があってか、夫の体のふらつきはなくなった。しかし、夫は不眠症で、その様は見るも不憫(びん)になる。看護師さんに『眠れる薬を』と、何度お願いしても「また、転ぶからだめです」と、にべもない。
 そして、夫の不眠が三日も続いたあげくの朝早く、夫から自宅へ電話があった。
「大学病院の当直室にいるんだよ。病室がなくてね。窓からゴルフコースが見えるよ」
 私はすぐに夫の異変に気づいた。夫は不眠から幻覚をみているのだ。このまま呆(ほう)けてしまうのではないかと、電話を切った私は慌(あわ)てて病院へ急いだ。今夜は私が付き添って、明日(五月一日)退院する予定になっている。
 担当の先生にお会いして事情をお話しした。
「それでは今夜、眠薬を一錠出しましょう」
 翌朝、熟睡した夫の顔は晴ればれとして、もちろん意識は正常にもどっていた。

 このように菌に弱くなった夫に、菌を遮断する「くうきカプセル」があったらいいのに、と思うのであった。