花と向き合って        
                   中井和子

 私がポストにはがきを投函し、通りの向こうに目をやると、家並みの際を、影のように力なく歩いてくる、小柄なY子さんの姿をみつけた。
 私はポストの傍で待ち、声をおかけした。
「お暑いですねえ。ご面会でしたか?」
 Y子さんは驚いて顔を上げ、疲れたご様子で、
「そうなの……」
 と、はにかむように頬(ほお)笑んだ。私が、
「ご主人はお元気でしたか?」
 と、顔をのぞき込んだ。
「ええ……それがねえ……」
 Y子さんは戸惑うように、重い口を開いた。
「今日はがっかりして帰ってきましたの。だってね、私が主人といっしょにおりましたら、傍を通りがかった介護師さんが、『あら、奥さんのご面会ですか、いいですねえ』って、声をかけてくださったの。そしたら、主人は『この人は奥さんでないよ。よそのおばあさんだよ』ですって。介護師さんは逆らわないで、『そうですか……もう少したったら、お昼になりますからね』って、向こうへ行ったら、主人は不自由な体を引きずりながら、その後を追いかけて行ったのですよ。その後ろ姿を見ていたら、私のこれまでの六十年間はいったい何だったのかしら、と、なにか情けなくなってしまいましてねえ」
 と、ため息をつかれた。
「そうでしたか……それがご病気のせいだとわかっていても、むなしくなりますね」
 私はお慰めしたのであった。 
  Y子さんは私の家とは通りを三つ隔てた住宅街にお住まいだ。私は、Y子さんのご主人に、お目にかかったことはないが、十数年前からこれまでに、脳疾患の手術を三回受けられ、認知症が表れてきた。身体は半身不自由ながら徘徊が頻繁になり、Y子さんは十数年もの間、緊張の毎日を過ごされていた、と、伺っていた。
 Y子さんが、ちょっと目を離した隙に、ご主人は玄関の鍵をはずして表に出てしまう。警察に保護されたり、近くの交差点の中央に立ち往生して車を渋滞させたり、通りに出ては、迷子になってご近所に迷惑をかけたことを、Y子さんは思い出すたびに、いまでも恐縮される。
 そしてある日、拉致事件のテレビ放送を見ていたご主人が、突然言い出した。
「北朝鮮に行ってくる。支度して貰いたい」
「今、雨が降っているから、明日にしたらどうですか?」
 と、Y子さんがなだめても、
「いや、今、すぐでなければならない」
 と、言い出したら聞かない。Y子さんは、新聞紙を丸めたり、軽いプラスティックなどの容器をリュックサックに入れて、それらしい荷を作った。そして、レインコートを着せ、リュックを背負わせる。そして、ずぶぬれになることはわかっているので、風呂のスイッチを入れておくのだった。
「気をつけていってらっしゃい」
 Y子さんは門前でご主人の後ろ姿を見守っていた。雨の中を右手で杖を突き、不自由な左手に傘を持つが、傘は得手勝手にあちこちに翻る。案の定、ご主人は百メートルも行かないうちにずぶぬれになって戻ってきた。
 Y子さんはご主人をお風呂に入れてやりながら、そのときのY子さんの心情を、それを経験した人でないとわからない、と首を振るのであった。
 主治医から、
「在宅介護をしてあげるのも、奥さんには、もう、限界ですね」
と、介護施設を紹介してくださった。  
 
ご主人が入所されると、Y子さんの生活の中に、少しの時間の余裕ができて、大好きな花作りに精を出されるようになった。地域の公園の三百メートルほどの花壇に、誰に頼まれたわけでもない、ご自分のために、花の種や苗を買い求めてきて、四季折々、百花りょう乱のようすに満足されている。
 私が散歩に出かけると、ときどき花壇の植え込みの中へ体を埋めるようにして、花の手入れに余念のないY子さんを見かける。そんなある日、私がことばをおかけして、お付き合いが始まった。
 我が家の猫の額ほどの花壇に、Y子さんから頂いた赤いバラの花や、真っ赤なボタンの花が咲く。眺めていると、私の頬が自然に緩んでくる。Y子さんの優しさも語りかけてくるからかもしれない。

 それから、しばらくY子さんの姿が公園に見えなくて、どうなさったのか気にしていたある日、私が犬と散歩に行くと、Y子さんのいつもの笑顔に出会った。
 ご主人が亡くなられたことを初めて知った。
 私はお悔やみを申し上げた。Y子さんはちょっと寂しげだったが、しかし、その気持ちを振り切るように、
「でも、私はいま、とっても幸せなの。大好きな花があるから……」
 Y子さんがしみじみとおっしゃった、そのことばに、私は打たれた。
 六十年前、嫁いできた家には、ご両親と七人のご弟妹がいらっしゃって、Y子さんの立場が想像できるというものである。
 そのころのご時勢は、先祖から続いてきた家筋を守っていくという家族制度であったから、長男へ嫁ぐことはそういうものであった。
 Y子さんは、しがらみから解放された。これからの人生を、好きな花の命と向き合って、精一杯ご自分のための時間を過ごしていただきたい、と、私は願っている。
 終わりよければすべてよし、である。