八方尾根      
                早藤貞二


 一昨年(平成二十年)夏のことである。高校1年生になる孫娘が、中学三年生のときの修学旅行で登った八方尾根がよかったので、もう一度行きたい、と云ったのに、二人(私と妻)も賛同して、夏休み後半を泊りがけで出掛けることになった。  
 白馬の八方へは、ずいぶん前に行って、リフトを乗り継ぎ、いざ坂を登り始めたところが、折からの厚い霧が晴れないどころか、カッパを買って着なければならないほどの雨降りになったので、止むを得ず断念して降りてしまったことがあった。
 こんどは天気予報をあらかじめ現地に問い合わせ、快晴だと聞かされて、それでやってきた。白馬駅からバスで八方尾根のバスセンターまで行き、道に迷いながらゴンドラの乗り場へ着く。 近くの食事処で昼食を済ませ、その日は、高山植物を探すだけにゴンドラに乗る。
 またたく間に高みに上がり、白馬の町が小さくなっていった。北アルプスの山々が手に取るように迫ってくる。ゴンドラを降りると、夏も終わりの山の花々が咲き乱れて、妻は喜ぶ。リフトでもう一段上がる。すぐ足元の斜面にも夏を惜しむかのように花が咲きそよいでいる。 春ならばもっと沢山の花が見られるのに、と妻はつぶやく。でも私たちは、空は抜けるように青いし、山の稜線がきれいで、じっとあたりの景色にみとれる。明日また見られるからと、今来た坂をリフトとゴンドラに揺られながら麓へ戻った。
 予約していた宿がなぜか留守で、いくら待っても帰ってこない。困っていたところを、近所の旅館の主人が気の毒がって、団体客の多い中、一部屋をあけていれてくださったので助かった。こんなことは初めてで、すっぽかされた宿屋に腹をたてながら、親切な旅館の主人に感謝した。
 翌朝は早く、礼を云って宿を出た。この日も晴れていた。雪をのせた雄大な白馬の山が彼方の空にどっかりと座って見える。
 昨日と同じゴンドラとリフトを乗り継ぎ、第一ケルン前に降り立つ。ここからいよいよ、深い谷の向こうに聳える高い山々を見ながら尾根道を歩いて、登山の気分が味わえるのだ。つい急ぎたくなるのを抑える。山道はゆっくりゆっくりと歩いていかなければならない、と何かの本に書いてあった。
 登山といっても、八方池まで三キロばかりの道のりだ。道は狭いが、歩きにくい所には木道が渡され、段々が作ってあり、くり石も敷きつめてある。このコースは、子どもや私たち老人でも、気を付けて行きさえすれば大丈夫というふうに出来ている。 登山というよりは、自然探訪のハイキングなのだ。それでもいい、青空の下、日の光をあびて、高い山々を横に見ながら、何も考えずに、白い雲とたわむれ、おいしい空気を吸って坂を上り下りできるのは、まことに壮快だ。
 戦後の高度成長期にレジャーブームが起こり、雪質のよいこの白馬の山の傾斜地にリフトが作られてスキー場が発達した。そして夏山にも利用されるようになった。この日も、中学生、高校生の団体が列をなして、幾つも私たちを追い越していった。夏休みとあって家族連れが多い。
 昔は、会社や大学の若者たちが、心身の鍛錬に登山をした。家族はその準備をしたり、無事にもどってきてくれるのを祈ったりしていた。子の母親でもあった高田敏子さんの詩にこんなのがあった。

       山のぼり   高田敏子

     リュックを肩に
     息子は山にでかけていった
     ついこの間まで
     私のまわりで
     小さな足音をたてていたのに……
     あの 大きな山グツで
     どこの尾根をすぎているのだろう

     息子はひたいの汗をふく
     ポケットからひっぱりだした
     真白いハンカチ
     ふっとママの匂いがしたような
     そんな思いもすぐ消えて
     目の前にひろがる
     山はだをみつめる    

 第二ケルンの立っている坂(一九七四メートル)が一番えらかった。道端から広い雪田が続いているのに出会って驚いた。 私たちは皆半袖姿で歩いているのに、余程高い尾根道を歩いているのを、改めて気付かされた。
 やがて第三ケルンへ。最終目的の八方池が下に望めてホッとする。白馬三山を写すといわれるきれいな湖なのだが、雲が白くかかって山も空も見えなかったのは残念だった。池の周りは、みな思い思いに弁当を広げて賑やかだった。私たちも、宿でこしらえてもらってきたおにぎりを頬張る。高い山の上で食べる昼食の味は、また格別である。
 ここから唐松岳(二六九六メートル)に登るのは、本格装備をした登山家たちだ。若い頃から鍛えてきた人は、六〇歳七十歳になっても元気に登られる。でも、老人の山の遭難も多い。私は戦後の二十歳のとき結核をやったので、長らく運動ができなかった。県内の、息吹山や比良山など幾つかの山歩きをしたに過ぎない。でも、こうして年をとっても、信州の高い山に、車の外ゴンドラやリフトの力を借りて上れるのが喜ばしい。今でも、志賀高原や北八ヶ岳、木曽駒が岳、乗鞍岳、霧ヶ峰、美ヶ原高原、御嶽山、栂池高原、鉢伏山、高ボッチ山など登って、山の空気と高山植物を楽しんできた。
 池を一周りして、別の雪田の中を歩き、元の尾根へ出た。途中の広場で休んでいるとき、老人が若い人に負われて山を下りるのを目にした。足をくじいたのか、心臓に異変が起こったのか、こんな狭い山道では、仲間に負われるより仕方がないのだ。山は下りしなに怪我をする。私もそう心に云い聞かせ、ゆっくり注意して歩こうと思った。
 小鳥のさえずりを耳にし、下界を見下ろしながら行くのもたのしい。咲き残りの花があると、それを確かめ合う。ヘリコプターが舞って山荘に荷物を落として去って行った。最初のリフト乗り場に着いて、無事に戻れたことを感謝する。往復六キロの短いものだったが、私たちは山の雰囲気に浸ることができたことに、何より満足した。