光の中の洗面台    
                羽田竹美


 二〇〇六年の二月に私は左の股関節を人工のものに入れ換える手術をした。股関節疾患は生まれたときからである。完治したと言われては又、痛みが出て手術を繰り返してきた。
 軟骨が磨り減って骨頭の丸みがなくなり、どんどん上に押しあがり、骨盤が持ち上がってくると、痛みがひどくなる。
「もう末期ですね。人工関節に換える手術しか痛みを取る方法はありません」
 と、ドクターに言われ、手術に踏み切った。
 私の場合は股関節の痛みをかばうため、必要以上に足首に負担をかけて歩いていたようだ。足首も関節の軟骨が磨り減って痛みが出てしまった。股関節と足首関節の痛みのダブルパンチであった。幸い、手術の腕が優れているだけではなく、人間的にもすばらしいドクターに出会うことができた。
 手術が終わった後、貧血があったりして回復は遅かったが、元気になると社交の場所である洗面所に出ていった。朝晩の洗面のとき、挨拶してお話しをする。女性ならば親しくなるとお部屋にお邪魔しておしゃべりをする。ロビーでもおしゃべりを楽しんだ。
 男性ならば洗面所や廊下で立ち話。車椅子に乗って外の空気を吸いに行きましょう、と誘われ散歩にご一緒したこともあった。
 その中でIさんという四十代ぐらいの男性がいた。工事現場で事故に遭い、骨髄炎になってしまったという。骨髄炎という病気は亡き夫と同じであった。夫は高校のときにラグビーをしていて転倒し大腿部を怪我した。そこから骨髄炎の菌が入り、何回手術しても菌は殺せないまま四十年近く過ぎた。最後には結局、抗生物質と痛み止めの副作用から腎臓と肝臓が悪くなり、五十五歳で命が尽きた。
 Tさんの菌もなかなか殺せない強い菌だったようだ。私は骨髄炎と聞いて夫のことが頭を過ぎり、人ごとには思えなかった。何とか菌が殺せて、夫のようになりませんようにと毎日祈らずにはいられなかった。 
 長髪のTさんはかなりイケメンだったが、口数は少なく暗かった。若者の中には入れない、かといって、年配の人たちの中にも入っていけない、そんな中途半端なTさんに私は同情したのかもしれない。洗面所でも廊下でも出来るだけ明るく話しかけていた。 
 整形外科は手術が終わりリハビリを進めていくと、どんどんよくなる。よくなると退院していく。私も三月十二日にいったん退院した。
 けれど、もう片方の手術のために一か月後に再入院した。今度は二十年前に入れた人工関節を抜いて新しい人工関節を入れるという難しい手術であった。一度目よりかなり大きな不安をかかえて入院すると、廊下の向こうからTさんが来るのが見えた。私はうれしくなって、
「Tさーん、まだいたんですかー」
 と、大きな声で言ってしまった。すると、Tさんの怒った声が聞こえた。
「ひどいなぁ……まだいたんですかなんて」
 私は一瞬、戸惑った。
「ごめんなさい。なんだか知っている人に会えてうれしかったの。ほんとにごめんなさい」
 なかなか退院できないいらだちの中にいたTさんを私の言葉が傷つけてしまったのだ。私は自分のことしか考えていなかったと、大いに反省し、病院の中にいる人たちのそれぞれの立場や病状を理解してお話するよう心がけなければ、と思った。 
 二度目の手術も終わり、苦しい日が過ぎて車椅子に乗れるようになると、私はまずコインランドリーのある洗面所に向かった。二度目の手術は難しいものだったので、ナースステーションの隣にある観察室に長く入れられていた。それだけに車椅子を許可されて一般病室に移ったうれしさは格別でルンルン気分であった。
 洗面所に入ると、そこにTさんがいた。それも長髪をきれいさっぱりと刈って、丸坊主になっていた。
「えっ! どうしたんですか? 失恋したの?」
 言葉には気をつけようと思っていたのに気持ちがハイになっていたのでつい、冗談が出てしまった。「しまった!」と感づいてTさんの顔を窺うと、Tさんは明るい表情で、
「いやだなぁ」
 と、笑顔だった。
「明日検査の結果が出るんだけど、今度は多分大丈夫だろうって先生が言ってるんだよ」 
「あらー、よかったわね。だけど、どうして坊主にしちゃったの?」
 Tさんは頭をなでながら、
「心境の変化だよ。これから暑くなるからね」 
 と、照れくさそうに笑った。
 だが、Tさんの骨髄炎の菌はまだまだしぶとく、結果はよくなかった。落ち込んでいるTさんを見るのは辛かったが、なんとか少しでも元気になって欲しいと祈った。
 それから少しして私はすぐ近くにあるリハビリ病院に転院した。転院の前日、友達から大きな箱が届いた。開けてみると、クッキーやマドレーヌがたくさん入っている。とても一人では食べきれない。
 夜、車椅子に乗り膝の上に箱を置いて、女性の部屋三つを回って、
「ケーキ屋でーす。明日転院しますので、ご挨拶に来ました」
 と、一人一人にお菓子を手渡してまわった。
「ケーキ屋さーん、私も欲しい、いくらですか?」
「アハハハハ、ただです」
 本当のケーキ屋と間違えられて大笑いだった。男性の部屋をのぞいてTさんを呼び出した。
「クッキー食べる?」
 Tさんは喜んでもらってくれた。早くよくなって欲しいとの願いをこめた精いっぱいの気持ちだった。 
 それから私はリハビリ病院でのきびしい訓練をクリアーして一か月で退院の日となった。朝九時半に次男が迎えに来てくれると言うので、荷物をまとめて身支度を終え、手を洗おうと洗面所に行くと、洗面台の前にTさんの坊主頭があった。
「えっ、Tさん! 菌が殺せたの?」
 私は目を丸くして叫んだ。
「そうなんだよ。昨日結果がよかったから、さっきここに移ってきたの」
 Tさんの声は弾んでいた。
 この思いがけない出来事に、私は喜びのふるえが止まらなかった。洗面台は窓からさし込む朝の光にあふれており、反射した光が希望に満ちたTさんの顔を輝かせていた。