光るシャボン玉             
              中井和子

 農家の軒下につながれている柴犬のマルは、どんどん降りつもっていく雪をながめていました。そして、心の中で「雪はきらいだ」とつぶやきました。
 だって、三年まえの雪のふる日を思いだしてしまうのです。その日いらい、村から人の姿が消えてしまったのですから。
 いったい何が起こったというのでしょうか。
 マルの耳に入ったニュースでは、その日、大きな大きな地震(じしん)がおきて、高い高い津波(つなみ)が手をつないでやってきて、町ごと海のかなたへさらって行ったそうな。
 そして、海辺に建っていた原子力発電所がこわれて、そこからおばけのように目には見えない、おそろしい放射能が遠くの町や村にまで降りそそいだのでした。それで、村人たちは遠くの町ににげていったのです。マルの家の、人間のおとうさんやおかあさんもそうでした。動物は連れていけない規則があって村には動物だけが取り残されたのでした。
 マルはさびしく、悲(かな)しくなると、ときどき「ワオーン」と遠(とお)ぼえをします。すると、姿(すがた)は見えないけれど、村のあちこちから「ワオーン」「キャン、キャン」と犬のなかまたちがこたえてくれます。それで、マルはひとりぽっちでないことを知って安心するのです。
 そして、遠くの町の仮設住宅から、おとうさんやおかあさんがときどき来て、何日か分のエサをボウルいっぱいにしていくのだけれど、マルが寝(ね)ているうちに近くにいる小動物が次々にやってきて食(た)べてしまうので、マルのおなかはいつもペコペコなのでした。
 夕方になり、おなかがグーグーなって、前足でエサのボウルをころがしてみるけれど、からん、ころんとさびしい音がするだけでエサは出てきません。水をのもうとしてもボウルの水は全部凍っています。なめると、冷たくて、かえってぶるぶる震えてしまいます。
 『おかあさんの作ってくれる、あったかい、肉の入った煮物が食べたいな……。でも、こんなに雪が降って、おとうさんもおかあさんも、きっと、来れないと思う……』
 マルは悲しくなってきて、『クゥーン、クゥーン』と泣きながら『マル』と書かれた犬小屋に入り、ふとんの中にもぐりました。ふとんには、おかあさんのにおいが残っているようで、マルはおかさんを恋しく思いながら眠りにつきました。

 そのようすをコミミズクがマルの家の前の木に止まって、そっと見ていました。
 コミミズクは、日中は草かげなどで休んでいますが、夕方になると、幅広い翼をふわふわと羽ばたかせながら、低空を飛んでネズミなどを捕らえて生きています。
 マルが犬小屋に入って寝ている間、マルのエサ食べにくるネズミたちを狙って、待っているのでした。
 ところが、あるときマルの小屋から、光る大きなシャボン玉がふぁふぁと浮かんできて、コミミズクの目の前をかすめました。
 おどろいたコミミズクは、その光るシャボン玉をおいかけました。そして、コミミズクは大きな二つの目でその光るシャボン玉の中をのぞきました。
 そこには、マルがエプロン姿の人間のおかあさんにあまえていて、そして、どんぶりから少し湯気のたっているおいしそうなごちそうを食べているようすが映っていました。
 コミミズクは、このシャボン玉はマルの夢なのだと知りました。そして、マルがかわいそうになり、このシャボン玉を仮設住宅にすんでいる人間のおかあさんのところへ、とどけてやろう、と思いつきました。

 コミミズクはふぁふぁとしたつばさに光るシャボン玉を乗せて、少し遠くはなれている仮設住宅へ飛んでいきました。
 そこにもたくさんの雪が積もっていて、外にはだれもいません。ただ一人の女の人が胸に手をあてて空を見上げているのが見えました。コミミズクはマルのおかあさんだと、すぐわかりました。そして、マルの夢のシャボン玉をそっとお母さんの胸にわたしました。
 そして、帰ろうと空へ舞い上がると、また光るシャボン玉が下から上がってきました。コミミズクはあわててそのシャボン玉をのぞきこみました。それは、おかあさんの、マルが無事でありますように、という、やさしい心の祈りをこめたシャボン玉なのでした。
「しかたがないな。このシャボン玉はマルに届けてやろう」
 コミミズクは、こんどは人間のおかあさんの光るシャボン玉を、また、ふあふあのつばさにのせて、マルの犬小屋にはこんでいきました。

 それから数日して雪空がはれて、村への道も通れるようになりました。
 おかあさんが車でやってきました。
 マルはうれしくて、うれしくて、くさりの音をがちゃがちゃいわせながら飛び上がって喜びました。
 おかあさんも、
「よかった、よかった。夢でみたとおり、元気でいてくれたんだね。煮ものをたくさん作ってきたよ。お肉もたっぷり入っているから、あったかいうちに食べるんだよ」
 と、マルの頭をかかえ、ほおずりするのでした。
 マルはうれしくて、おかあさんのほっぺたをペロペロなめたり、頭をおしつけたり、どうしたらよいか、おちつきません。そして、マルは夢(ゆめ)でみていたおかあさんの煮ものを口いっぱいにほおばりながら、しあわせだな、って思うのでした。
 おかあさんは、そんなマルを見ながら言いました。
「早くいっしょにくらせるようになるといいのになあ、そうなれば、山や、田や畑にもいっしょに行けるよ」
 と、目をほそめました。
 木の上から、そのようすをながめていたコミミズクは、自分のことのように嬉しくなりました。
 そして、これからも光るシャボン玉をみつけたら、みんなにまた届けてやろうと思うのでした。