人のあたたかさに包まれた日  
                    羽田 竹美
 朝からの雨は上がったが、初冬の空気は肌を刺すように冷たかった。足首を人工関節に換える手術をしてまだ半年にならないのに、杖をついて歩けるようになったうれしさでこの日はバスと電車を乗り継いで四ツ谷まで出かけた。
 朝九時を過ぎていたので、ラッシュは避けられたはずなのに電車の座席には空席はなかった。揺れる電車で立っているのは辛い。(しかたがない、我慢しよう)と、手すりを強く握りしめたとき、斜め前の席に座っていた、六十代ぐらいの男性が、
「どうぞ」
 と、立ってくれた。
「すみません、ありがとうございます」
 胸が温かくなった。その温かさのまま四ツ谷で降りて改札口に近づくと、Kさんが手を振っていた。今日はカトリックの黙想会に出席するためであった。長年黙想会に行きたかったのだが、ひとりでは自信がなかった。それが、KさんとNさんが誘ってくれて私は目を輝かしてしまった。難しい手術をしてまだおぼつか無い歩きをしているのをすっかり忘れてしまっていた。
 家に帰ってから不安が出てきてしまう。
(バスや電車で座れなかったら大変だぞ。もし誰かにぶつかられて転んだら骨折するぞ)
 心の声がしきりに言う。が、何としてでも行きたい。挑戦してみなければ先に進めない。かなりの緊張に包まれて四ツ谷駅まで辿りついたのだった。
 友達ふたりに会えて少し緊張もほぐれたところで黙想会が始まった。神父様の「神は愛」というやさしそうだが奥の深いテーマの講和だった。難解な講話だとなかなか頭に入らないが、この神父様の講話はわかりやすく時々ユーモアで笑いを取りながらで、すっかり引き込まれてしまう。途中昼食を挟んであっという間に三時半という終わりの時間がきてしまった。腹式呼吸を取り入れた黙想の時間も実りあるものであった。
 友達ふたりと四ツ谷駅で別れた。四ツ谷には下りのエスカレーターがない。反対側のエレベーターのあるショッピングビルに入り、エレベーターを探す。以前にきたときには確かにこの辺りにあったのに見つからない。歩き回って探したがどうしてもない。
(えー、たしかこの辺にあったのに……)
 若い女性が来たので、
「この辺に駅に降りるエレベーターがあったのですがー」
 彼女はにっこりして、
「ああ、はい、わかります。ご一緒に行きましょう」
 わざわざ私のためにもどってエレベーターのところまで案内してくれた。なんて親切な人なのだろう。私は感動した。厚くお礼を言ってエレベーターで下がり総武線に乗った。優先席に座れてやれやれだった。電車に乗るときも下りるときも必ず手すりにつかまらなければバランスを崩す。手術前に出来たことが出来なくなったり、またその反対だったり、私の行動は微妙に変化している。
 やっと渋谷に着いて電車を降り、押されないように杖にぶつかられないように注意しながらゆっくり歩く。若い人の早足には要注意。おしゃべりしながら歩いてくる女性にも気を付けなければならない。大きなカートをひいている人も危ない。私は全身目にして駅のホームを歩いてやっと改札を出る。
 バスに乗ろうとバス停に並んだが、いつもは頻繁に来るバスがなかなか来ない。長い列になる。やっと来たバスに乗ろうと足を上げたが上がらない。いつもなら杖と手すりを使って難なく乗れるのに足が届かない。工事のために縁石が取り払われてステップが高くなってしまっていたのだ。何回も試みたが無駄であった。後ろの男性がいらいらしているのが感じられる。
「どうぞお先に乗ってください」
 男性たちが次々と乗っていく。しかし私は何回やってもステップに乗れない。焦りに焦って悲しくなる。どうしたらよいだろう。そのとき、後ろから、
「お手伝いしましょう」
 と、ふたりの若い女性が声をかけてくれた。ひとりが私をかかえて、もうひとりが足を持ち上げてバスに乗せてくれた。鼻の奥がツーンとなった。優先席に座って後ろを見たが、どの人たちが私に親切にしてくれたのかわからない。私は奥まで聞こえる声で、
「ありがとうございました」
 と言った。
 バスの中の空気がふっとほどけたように感じられた。