いのちを潤す至福の時間
              山内美恵子

 朝、家事をすませると、二時間ほど庭仕事をするのが日課である。
 四季の花や植物に触れ、ふりそそぐ太陽を浴びながら体を動かしていると、少々体調が悪くても、いつの間にか元気になってしまう。うっすら汗をかく頃には、血圧の低い体が温まり、凝り固まっていた体をほぐしてもらっているような、爽快感に満たされる。頭の凝りもほぐれるのか、眠っていた脳までも活性化され、思考力が増し柔軟な発想を誘う。それらは、次の仕事へのはずみともなり、一日がよどみなく進み晴れわたる。
 しかし近年は、寄る年波には勝てず、七十の坂を越えたとたん、予想もしなかった体の故障に悩まされ、何度か入院を余儀なくされた。家に帰ってみると、庭には雑草がはびこり、ふくよかな緑色の植物たちは、うち萎(しお)れたかのような痛ましさで、すっかり元気をなくしていた。
 自らのいのちを守ってくれるものがいなくなると、動物と同じように植物も、生きる気力を失ってしまうのだろうか。留守にすると、植物たちの悲しみが伝わり、自身の体よりも植物たちのことが気になって仕方がない。
 毎朝、生き生きとした植物たちに会うとほっとする。穏やかな温もりに包まれ、幸福感を覚えずにはいられない。「今日も美しい花を咲かせてくれてありがとう」と、つい口からことばがこぼれてしまうのである。

 わが家の庭は、猫の額にも満たない小庭だ。車よりも植物の方が大切なため、駐車場を別に借りている。近年は、長年愛でてきた花木は、次々と姿を消す。老境に入り手に負えなくなったからである。巨樹となった月桂樹や金木犀、山茶花、夏椿・山査子等を伐採。残ったのは、実をつける柚子の木や紅白梅、楓、三つ葉つつじ、槇等の雑木ばかりである。少しばかり空間が生まれたため、草花に手をかける時間が大幅に増した。
 私は一日三十時間欲しいと希ってやまない。貴重な時間を庭仕事に費やすのはじくじたる思いだった。果たして価値があるのかと。だが、この無駄と思える時間を捨てていたなら、私の感性は鈍り随筆や俳句はもちろんのこと、人生までも新鮮味も奥ゆきも乏しくなっていたにちがいない。
 小さな庭ながらも、四季を感じさせるこの小世界には、机の上では得ることのできない、みずみずしい宝物が満ちみちているからだ。私はこの小世界にどれほど生きる力をもらい、心の平安を得てきたことか。いまでは私の魂を開放し、いのちを潤してくれる至福の時間となっている。自然のいのちと向き合えるこのひとときこそ、私の人生をも耕してくれているからである。
 とりわけ夏は、私にとって心湧く季節でもある。私の「愛し子」たちが次々とやって来るからだ。そのおかげで、しのぎにくい暑い季節も、苦にならなくなった。
 庭の植物や、柚子、山椒の木に群がっていた虫たちが成長し、黒い衣装をまとい「見てください。こんなに美しくなりました」とばかりに、優雅な舞を見せてくれる、心やさしい子どもたちがあるからだ。彼らの姿を見つけると、
「ようこそ。忘れないでよく来てくれたのね。とても美しくなりましたよ」
 私は成長した愛し子を称揚し迎える。ことばが通じるのか、彼らは黒い大きな衣装を誇らしげにひろげて、私に見せびらかす。庭で生まれた、「アゲハチョウ」たちである。春から成長を見守ってきただけに、わが子のようで愛おしい。

 猛暑が続いたある朝、花の手入れを終え庭に散水していると、柚子の木を縫うようにして一匹の蝶が現れた。何か物言いたげに、地面すれすれに舞い降りる。水がほしいのだと察し、すぐにたくさんの水を撒いた。すると蝶は、繊細な触覚をうごかし水を飲む。そして、大きな翅をゆっくり動かし、青い空に舞い上がっていった。
 翌日の朝、サフェニアやペチニアの花を摘み、柄の長いほうきで庭の掃除をしていた。ほどなく、音もなく黒いものが空中から、私を目がけて直進してきた。その瞬間、私は蝶の眼差しを感じた。声をかける。
「おはよう。また来てくれたのね。昨日のお水のお礼を言いに来てくれたのね」
 蝶は、私の周りをしばらく舞っていた。黒い大きな翅には、よろこびと自信のようなものが漲(みなぎ)っていた。二人だけが共有した一瞬の神秘に、私は胸を熱くした。彼らは決して恩を忘れない。耳も眼もよいのか、普段でも声をかけると応えるかのように、必ず近寄って来る。
 この様子を友人に伝えた。「同じような体験をした」と、身を乗り出すかのように友人が語り始めた。クモの巣に捕まり、身動きできない蝶を助けてやると、次の日、やはりお礼に来たというのである。それを、他の人に話しても、「誰も信じてくれなかった」と嘆く。
 友人の話をうかがい私は得心がいった。一見あえかな生きものたちであるが、人間が思っている以上におしなべて賢かったからである。
 長い間、彼らと会話をしていると、おおよそオス、メスの区別がつく。柚子の木やみかんの木の間を、縫うようにしてやって来るのは、総じてメスが多い。舞う姿もどこか優雅で、呼ぶと近寄ってくる、人なつっこさがあった。しかし、オスの方は、花に止まっていてもどこか落ち着かず、すぐに飛び立ってしまう。ひたすらメスを追いかけるために生きているせいか、人間にはあまり興味がないようだ。

 わが家の庭で羽化する蝶は、ほとんどが「アゲハチョウ」である。標本や図鑑等を開くと、目を見張るような美しい蝶が数多ならんでいて興味深い。大空を舞う風情はさぞ雅やかであろう。蝶の本を開くたびに想いをめぐらせる。想像豊かな昔の詩人たちは、そんな趣を「翼ある花」と呼んだという。うまいことを言うものだと感心していると、アジアの秘境ブータンの、幻の蝶を映像で観る機会を得た。
 十月下旬の朝日新聞に、「ヒマラヤの貴婦人」とも呼ばれる幻の蝶「ブータンシボリアゲハ」の、写真と記事が掲載された。八月上旬日本調査隊が、ブータンの奥地で五匹の幻の蝶を捕獲し、標本を残したという。その様子を、二度にわたりテレビで放映したからである。
 私はその時、この原稿を書いていた。目の覚めるような感動を受け「ヒマラヤの貴婦人」に見入った。大きな黒い翅には、淡黄の細い縦縞文様があった。後ろの翅には赤い文様があり、その下に三本の突起がある。それをなびかせて飛ぶという。十一月中旬に来日したブータン国王と王妃の、清純で心優しい温かさは、日本国民の心の琴線をゆさぶった。「ブータンシボリアゲハ」も国王夫妻のごとく、高貴な気品がただよい私の心をも呼びさます。

 昔も今も、「翼ある花」を求めて内外どこまでも捕獲に行く、愛好家や採集家は少なくない。蝶は環境の変化を受けやすいという。私たちは科学技術が生んだ文明によって、様々な大切なものを失ってきた。急速なネット社会の出現は、私たちの生活を大きく変化させる。いま世界は、情報技術を駆使したパソコン並みの多機能を持つ、薄くて軽い指をすべらせるだけの魔法のような、「スマートフォン」が熱狂的に支持され、日本をも席捲している。
 しかし、どんなに時代や文化が変わろうとも、植物や花はあり続けるだろう。私は生ある限り、植物を慈しみ土の香りに包まれながら、庭仕事に勤しみたいと考えている。いのちを潤す時間を大切にしたいからである。余生をより生き生きと心豊かに生きるためにも――。

 やがて、「愛し子」たちが姿を消すと、我が家の庭は、急速に光を失ったかのように寂れていく。私も言いようのない寂寥感におそわれる。そんな気持ちを察したのか、小さな秋の蝶が、サクラソウを移植しているそばに来て、やさしい眼差しを注ぎ、私をほほ笑ませた。