筋 ト レ                   
               中井和子

 原発事故から三年数か月が経っている。放射線の高い地区から順次、戸別除染されてきた。
 私たちの町内地区も今度いよいよ除染することとなり、福島市からその実施方法と、それについてのアンケートと、除染承諾書へのサインを求める書類が届いた。

 しかしながら、いまでは、放射線量も自然減で普通に生活をしている。いまさら、の感であった。書類には除染の方法が記されていた。屋根は拭き取る。庭の土は全面五センチ削り取り、それらを袋詰めにして庭の一角の地下五十センチに埋めるか、地上にその除染袋を積んで青いビニールシートで覆って置く。どちらの方法を希望するかは住民の意思に沿(そ)う、というものであった。
 私は心の中で駄駄(だだ)をするように『どちらも嫌だ!』と叫んだ。
 原発事故のあった年でも線量が少々高くとも庭の手入れをしないわけにはいかず、雑草を抜いたり、樹の剪(せん)定も行ってきた。もちろん、背の高い夏椿やしだれ桜、椿、椎の樹などは私の手には負えない。造園業の方にお願いしてきた。だから、まったくいまさらなのであった。
 私の、その除染作業に対しての精神的緊張は日に日にストレスとなって、血圧の上昇を招き、数値は二百を超えた。最近はすっかり気弱になって、血圧が不安定だ。それに何かをする気力もない。
 視線をうつしたガラス越しには、花が終わり、茶色になったオオムラサキ(ツツジ科)の花ガラが樹を覆って見苦しく見える。ドウダンの新芽がつんつんと伸びてうっとうしい。いつもなら、すぐ庭に飛び出して刈り込むところなのだが、「ああ、いやだ」と呟(つぶや)き、カーテンをいきおいよく閉めて、見たくないものから視線をそらす。除染の知らせは、こんなにも心身に重く響いた。
 もう、いますぐに、私の人生が終わるとしてもなんの悔いもない、など、居直る私は老人性うつ病の態であった。
 そのような状態であったから、散歩に出かける気にもなれずに過ごしていたので、当然筋肉がおどろくほど落ちてしまった。玉手箱を開けた浦島太郎のように俄(にわ)かに、いかにも哀れに萎(しぼ)んでしまった。
 見かねたのか、日ごろはなにも言わない夫が、私に、
「姿勢が悪いよ」
 と、注意した。
 それは私自身自覚していることである。直そうと努力するのだが、どうしても腰が曲がってしまう。
 ある日、テレビの健康番組であった。加齢で、日常的に運動量が少ない人はサルコ{骨格筋、筋肉}ぺニア{減少}になり、それはサルコぺニア肥満をまねく原因になるという。そして、また、その筋力低下は心身機能の低下をまねき、やがては認知症につながっていくのだそうだ。認知症のことばには怯える私である。
 そのようなとき、ポストに、『三十分の筋トレの体験にいらっしゃいませんか。姿勢まっすぐ体操教室』というチラシが入っていた。対象は八十五歳までの女性の方、という。八十一歳の私はまだ間に合いそうだ。さっそくチラシの『女性だけの健康教室』に電話で予約をした。
 その教室は、家から車で五分ほどの近い場所にあった。
 気後れしながらもドアを開けると、女性だけの教室なのに、若くて美しいスタッフの方たちがにこやかに迎えてくれた。
「和子さん、初めまして。ようこそいらっしゃいました」 
 名まえで呼ばれたなど何十年ぶりだろうか。それだけでも、少し若返ったような気がした。
 フロアは、五十歳から、七十歳代の女性たちで溢れていた。
 そして、トレーニングフロアには、機種の異なる油圧式マシンが十二台、円形に並んでいた。そのマシンを自身の各部の筋力で動かす、三十秒のトレーニングである。コーチの方が指導しながら見回っている。
 マシンとマシンの間にはマットがあり足踏みの有酸素運動で呼吸を整える。十二台のマシンとマットを交互に二回りする。そのあとストレッチ運動をして終了だ。
 皆さんは真剣に黙黙とメニューをこなしていらっしゃる。私語もなく、終わればさっさとお帰りになられる。
 私は、この三十分の筋トレで、私の曲がった腰や、膨らんだ腹部などが改善されるのだろうか。半信半疑であったが、まずは続けてみなければ、と自分に言い聞かせた。
 一週間に三日通うことにした。二週間も経つと私の体の筋肉が目覚めたのだろうか。なんの抵抗もなく庭仕事に精が出るようになった。
「運動を始めたら姿勢がよくなったね」
 と、夫に冷やかされた。
 コーチスタッフの方が、
「和子さん、元気になりましたね」
 と、喜んでくださった。
 私は毎夜就寝中に足がつって、その痛みに七転八倒していたのだが、一月も通ううちにつることがなくなり、痛みから解放された。
 そして、私が憂鬱になるほどこだわっていた、あの除染については、まるで、つきものが落ちたように苦にならなくなっていた。

 まさに「健全な精神は健全な肉体に宿る」であろうか。