穀雨のころ      
                   石川のり子
 
 屋根を打つ雨音で目が覚めた。枕元の時計を見ると5時である。起きるにはまだ早い。目を閉じていると、風が雨戸を揺さぶる音もする。
 昨日、農協で買ってきて、プランターに植えたレタスやブロッコリーは、どうなっているだろうか。10センチほどの苗が風雨に甚振(いたぶ)られているのではないかと、心配になる。さりとて温かなベッドから起き上がって雨戸を開ける勇気はない。外はぼんやり明るくなってきているのだが……。
 夏野菜のトマトとキュウリとナスは、連休の前半に植えることにしている。場所は庭の西側のわずか2畳ほどを耕して、すでに肥料も施してある。今年で10年目になる庭での野菜作りも、毎年同じ品種を同じ場所に植えているので、連作障害で失敗するときもある。けれど、収穫の喜びがあるので続けている。それに、万が一、満足に育たなくても農協に車を走らせれば、農家で作った新鮮な野菜がたくさん並べてある。

 4月20日ごろに降る春の雨を24節気では穀雨という。水辺の蘆(あし)が生え、野山の植物が緑に輝き始め、霜も降らなくなることから、種まきなどを始めるのに適した時季として、農作業の目安にされる。私も見様見真似で草花や夏野菜を植えている。
 よく行く隣の市のホームセンターは、車で30分ほどかかるが、鮮やかに咲き誇ったポット植えの草花や野菜苗が数千鉢も並び、比較的安く売られている。眺めるだけで満ち足りた気持ちになるため、月に二度は行く。近くに住む姉が花好きで、一緒に行くと、必ずカゴいっぱい買う。今でも薬膳教室で教えているので、それに関係した薬草も買うが、趣味は草花を育てて楽しむことだと言っている。洋服や傘、靴に至るまで花柄のついている品を選ぶほどで、朱に交われば何とやら、私も花柄のモノが増えている。
 我が家の玄関わきには背の高い鉢植えが8個並んでいる。マリーゴールド、ガザニア、キンセンカ、ペチュニア、キンレンカ、などなど……。これからアサガオの種を蒔いて、ゴーヤの苗も植えて緑のカーテンを作りたいと思っている。
 南側の庭の真ん中で、今は盛りと咲いている真っ赤な牡丹は、姉が引っ越し祝いに植えてくれたもので、九輪も咲いている。雨に濡れて、散っていないだろうか。チューリップは夜に閉じているから散る心配はないけれど。

 あれこれ考えていると、6時のチャイムが鳴った。いつもの起床時間である。急いで着替えて雨戸を開けた。外はすっかり明るくなり、花も野菜も雨に洗われて生き生きしている。
 庭に出ると、芝生の中に生えている雑草が伸びているのが目立つ。これらの草は雨の後にすぐに抜かないと根を張っているので、腕や肩の痛みが4、5日も続く。ビニール傘を差したまま引っ張ってみると、簡単に抜ける。雨が止んだら、早速、草取りをしよう。飼い犬(トイプードル)が庭で遊ぶので、芝生の手入れはおろそかにできない。
 隣家の庭には、風よけの5個のスーパーのレジ袋が見える。退職されたご主人がまめに庭の手入れをされているので、野菜苗の保護に被せているのだろう。田畑を造成したこの住宅地は900軒と聞いているが、みな同じ区画で、両隣の庭がよく見える。常緑樹で花の咲くサザンカやキンモクセイなどが目隠しに植えてある。見苦しくならないように木の剪定や草取りに私も気を配っている。

 この穀雨の時季、田んぼに人影を見るようになる。機械の音がして田が耕される。いっせいに農作業が始まるのだ。新潟の片田舎で育った私には、見ているだけで心が躍る。農業体験をしているような気持ちになるのだ。
 利根川から農業用水路に流された水が、田に引かれると、青空を映す水田になる。兼業農家が多いせいか、ちょうどゴールデンウィークのころ田植えである。昔と違って機械で植えられるので、一日のうちに早苗の田が広がり、風景が変わる。 
 変化に富んだ立夏までの半月間である。