講習を受けて  
            石川のり子

 九月の下旬、高齢者講習を受けるために、R自動車教習所を訪ねた。
 じつは七十一歳の免許証更新の半年前に、茨城県公安委員会から「高齢者講習のお知らせ」というハガキが届いた。
 私にとって教習所は、三十代前半に免許証を手にしてから無縁だった。ことに神奈川県で免許証を取得しているので、教習所の所在さえ知らない。警察署に電話をかけて、わが家からいちばん近いR自動車教習所を教えていただいた。  
 この教習所の敷地内は初めてなのに、一歩足を踏み入れると、まるでタイムカプセルの中のようで、夢中で通った若き日の私がよみがえってきた。教習所の道路を模した信号、坂道、踏切のある広い教習コース、脱輪ばかりしていたS字やクランク、たとえようもないほど懐かしい。
 思えば、結婚当初は駅から二、三分の夫の実家に住んでいたので、車を運転するために教習所に通うようになるとは夢にも思わなかった。ところが長女の小学校入学を機に、神奈川県西部に家を建てた。
 自然に恵まれた環境だったが、わが家は駅から一キロほども離れた田畑の真ん中にあった。学校は駅の南側のさらに七百メートルほど行った坂の上に建っていた。隣接して次女の通う幼稚園もあった。
 小柄でひ弱だった長女と次女は近所の友達に誘われて、嫌がりもせず通っていた。毎年お盆の墓参りに訪れていた私の実家が新潟県の田舎だったので、抵抗感はなかったようだ。私も自転車で日々の買い物をしていた。
 ただ困ったのは娘たちがよく風邪をひくことだった。小児科までは三キロほどもあり、熱が高いときは医師に往診をお願いしたが、車が必要だった。
 夫に相談して、私が教習所に通うことになった。次女を幼稚園に送り、その足で電車に乗って、二駅先の教習所に通った。三か月ほどかかったが、合格したときは嬉しかった。
 以後、雨の日は夫を駅まで送ったり、娘たちの塾の送迎など、家族の足として車は大活躍した。バスも通らない不便な所に住んでいると、車は必需品であった。
 当時は何歳まで車を運転するかなど考えてもいなかったが、いつしか馬齢を重ね古希を迎えてしまった。
 幸いなことに大きな事故にも遭わず、四十年が過ぎた。講習を義務づけられるということは、これからは今までのように、安易な気持ちでハンドルを握ってはいけないということである。自分ではしっかりしているつもりでも、高齢者の交通事故はダントツに増えている。私自身も日々の暮らしで若いときに比べ、判断力も瞬発力も視力も衰えてきているのを実感することがある。

 受講者三人に一人の教官がついて、三時間の講習である。こぢんまりとした教室には机が四脚、その上に番号札が三枚ずつ並べてある。決められた番号の席につくと、担当の四人の男性教官が紹介された。適性検査、視力・視野の検査、運転技能など、指導してもらうことになる。私のグループは男性一人に女性二人、初対面であってもそこは年の功、すぐ親しくなった。
 最初は運転技能だった。助手席に教官、後部座席に二人の教習生を乗せ、S字やクランク、車庫入れなどの実地運転である。仮免許の実地試験は教官が細かくチェックしたが、それとはまったく違う。
 トップの男性は、ペーパードライバーとのことで、今まで日本中を車に乗っていたので、退職してからは免許証の更新だけとのことだった。しかし「昔取った杵柄」のたとえどおり巧みな運転だった。
 次の女性は、自分で運転することもあるが、ほとんどご主人やお子さんに乗せてもらっているとのことだった。
 私は二人とは違って、近所に駅も商店もないので、車なしでは生活できない。毎日乗っているおかげで、脱輪もせず無事終了した。
 
 次は視力検査である。乱視があるので物が二つに見えるときがある。眼鏡をかけるので、これは無事クリアした。
 視野は視線を固定した状態で見える範囲を測定してもらう。運転しているときは左右の歩行者や車に注意を払わなければならないので、視野が狭くなると危険だ。
 私のかつての職場の友人で、運転をしていて左右が見えないのに気づいた。危険を感じてすぐに検査を受けると、脳に腫瘍が見つかり手術をした。
 高齢者になると緑内障でも視野が狭くなると、眼科医に言われたことがある。私は視野の角度が一六〇度あって、これも無事クリアした。
 運転適性検査は、画面を見ながらハンドルを切ったり、ブレーキをかけたりするのだが、その反応の速さ、正確さ、反応のむらを調べたりするものだ。私は同年代と比較すると平均的だが、若い人と比べると低下しているという結果だった。
 当たり前のことだが、道路は高齢者ばかりが運転しているわけではないのだから、気づくのが遅れると、事故につながる可能性がある。前方注視と車間距離を十分に取って速度を控えた運転を習慣づけるように、と担当教官からコメントされた。

 無事、講習修了証明書をいただいて、警察署で新しい免許証を手にした。これからは、適性検査の結果を肝に銘じて、安全運転を心がけなければと、心を新たにしている。