高速道路
              黒瀬長生


 六月の休日であった。梅雨の晴れ間をみて、女房と四国中央市の新宮地区にある『あじさいの里』を訪れた。
 山の斜面を利用した広大な敷地に、色とりどりのあじさいが咲き誇っていた。園内を二時間ほど散策し、夕方、高速道路(松山自動車道)に乗って帰路についた。
  
 三島川之江インターチェンジを過ぎ、土居インターチェンジの手前の直線道路にさしかかったときである。 今まで私の車の後を走行していた白いワゴン車が、右側の追い越し車線に進路を変更した。 白い車はスピードを上げ、バリバリと異常な音を立てて追い越した。その直後である。白い車の左後方から、灰色の煙が上がり、黒い粉が無数に飛び散った。
 マフラーを改造した車だろうと思いつつ運転を続けていると、白い車の後方から子どもの頭ぐらいの大きさの黒い物体が空中に舞い上がった。 次に、車は方向指示のランプを付けることなく、ふらつきながら私が走行している車線に侵入し、また異様な黒い物体を連続して二個飛ばした。 そしてガードレールに激突寸前で急停車した。私は、慌ててブレーキを踏み、黒い物体を避けつつ車を路肩になんとか停車することができた。

 私たちは、あまりの出来事に驚き車中で呆然としていたが、あたり一面に焦げ臭い鼻をつくような強烈な臭いが漂っていた。
 しばらくすると、白い車から三十代くらいの青年が二人降りてきた。
「怪我はありませんでしたか……。すみませんでした」
 若者の声で私たちは我に返り、車の後方を見ると、路面に落下している三個の黒い物体は破損したタイヤの残骸である。 一方、白い車の左の後輪は、ゴムの部分が跡形もなく剥ぎ取られ金属の車輪のみとなっていた。
 若者の話では、ハンドルをとられ、正常な運転ができなくなり、仕方なく左側の車線に侵入してきたということであった。
 私たちは、程なくその場を立ち去ったが、それにしても驚かされた。大きな事故にならなかったのが不思議でならないくらいである。
 高速道路を走行する前には、タイヤの空気圧や磨耗具合を点検するのは当然であるが、タイヤがちぎれて空中に飛び散ることなど、誰が想像しているだろうか。
 今まで高速道路を何回となく利用したが、こんな目に遭遇したことはない。また、友人や知人からもそんな話は聞いたことがない。 それからすると、高速道路を走行中に車のタイヤが破損して空中に飛び散るような事例は、偶然の巡り合わせだというしかないようであるが、大きな危険を秘めた偶然であった。
 それにしても、車のタイヤが、いくら高速で回転していても、そんなに簡単に破裂し無残に車輪から剥ぎ取られるなどとは信じられないことである。
 今回の場合は、なんらかの衝撃でタイヤがパンクしたために起こったものであろうと推測されるが、タイヤの単なるパンクでこんな事態になったのでは、高速道路を安心して走行できるものではない。

 高速道路での追突防止には、先行車との車間距離を保つことが必要であるといわれているが、この白い車のように急に進路を変更されると、後続車は対応のしようがない状態に陥ってしまうのである。
 私のブレーキが一瞬でも遅れていたら白い車に衝突し、大きな事故になっていたと思われる。双方とも相当のスピードが出ていたのだから……。 また、私の後に後続車がいれば、私の急ブレーキが原因で追突されていた可能性がある。後続車がいなかったことも幸いであった。
 見事に咲いたあじさいを見物し、その余韻に浸りながら高速道路を快適に走っていたのに、この一件でそんなものは一瞬にして吹っ飛んでしまった。
 その後、自宅までの車の運転は、いつもと違ってハンドルを握る手に力が入っていた。
     (『随筆 次の楽しみ』より)