薫風に誘われて              
                石川のり子

 5月4日はみどりの日、八十八夜を過ぎたこのころは季節も安定するので、私は庭へ夏野菜を植えている。今年も、西側の一角を畑らしく耕して、トマト4本とキュウリ2本、ナス2本を植えた。
 輪作できればいいのだが、そんなスペースに余裕がないので、毎年同じ場所に植えている。連作障害は防げないが、病虫害に負けないよう、石灰をまいて土を中和し、堆肥と野菜用の土も入れて、私なりに手を尽くしている。
 また、ホームセンターで売られている3倍ほど値段の高い接ぎ木苗を購入する。娘の言うとおり、買った方が安いのだが、収穫までのハラハラドキドキ感が楽しいのである。
 私の10年日記には初生りの喜びが記されている。昔から初物を食べると75日寿命が延びると言われているが、縁起かつぎにしても、庭の野菜の初物をすべて食べて、何年長生きできるのだろうと、計算してみる。しかし、一説には死刑囚が季節外れの物を所望したため、それを手に入れるのに刑期を延ばしただけだそうで、初物を食べたから寿命が延びたのではないとも言われている。
 ともあれ、手に突き刺さるほどの鋭いトゲの新鮮なキュウリとナスを手にすると、自分で作って収穫したのだと改めて感激する。小さな庭で、こんなにも美味しい野菜を食べることができるのである。寿命に影響しないはずはない。この野菜作りはちょっとしたブームのようで、ご近所でも退職されたご主人が野菜に水やりをしている姿を見かける。
 我が家ではこのほか、窓ぎわに緑のカーテンとしてゴーヤを植える。苦いのが苦手なので、果実はほとんど観賞用にしているが、繊細な葉は涼しげで黄色の可愛らしい花も好みである。
 緑のカーテンとして山芋も植える。ハート形の葉に小さな白い花だが、零余子(むかご)を入れたご飯が好物なので、深いプランターに植えて仲間入りさせる。
 もちろん、アサガオや風船カズラなどの蔓も、二階から垂らした網に一緒に絡ませている。ガラス戸を明け放した窓から、葉越しに入り込む薫風(くんぷう)を感じながらの読書は、至福の一言である。

 薫風に誘われて、利根川の堤防を歩く。川の反対側は水をたたえた水田が広がっている。植えられたばかりの田を渡る風は、少し汗ばんだ身にまことに気持ちがよく、少しも疲れを感じない。むしろ懐かしさを覚える。
 新潟の農村地帯で育った私は、子ども時代にドジョウやカエルを追ってあぜ道を走り回っていた。何も怖いものはなかったが、ヘビだけは苦手だった。いまだに好きになれない。
 実家には正方形と長方形の玄関が二つつながっていて、正方形の玄関には自転車などが収納される。小学校の低学年のある昼下がり、この玄関に太いヘビがとぐろを巻いていた。どうやらネズミを飲み込んで、二階から落ちたらしかった。おばあさんの話によると、田舎の古い家にはヤモリと呼ばれるヘビが棲みついているらしかった。
 米が保管され、ネズミが天井を走り回っていたから、ネズミを食べるヘビがいてもおかしくない。ただ子どもにとってそれは恐ろしいことだった。
 そんなわけで我が家にもヘビがいた。母もヘビが苦手だったようで、玄関のヘビを見て、珍しく悲鳴を上げた。家族はヘビが見えないように裏口から出入りした。ヘビはいつの間にかいなくなり、私が遊びから帰った時にはいなかった。父が塞いだのか、天井の隙間はなかった。

 利根川の堤防は舗装がしてあり、朝夕は犬の散歩でにぎわうのだが、見渡しても歩いている人はいない。連休で遠出しているのだろう。暑くも寒くもない心地よい田園風景を一人占めしたような気分で、スキップでもしたい心境であった。
 と、そのとき、3メートルほど先の右側の草叢に、4,50センチのベルトのような紐があった。
 もしかして……? 背中に寒気が走り、思わず「キャァー」と声をあげた。一瞬、視線をそらし、再び確認すると、もういなかった。
 ヘビの方も驚いただろう。
 せっかく冬眠から覚めて、薫風に誘われて穴から出てきたのに、ヘビ嫌いなおばあちゃんと出会ったのだから。