もう一人の家族   
               
山内美恵子  

 平成七年十一月、よく晴れた休日の朝だった。
 洗面所から、夫のただならぬ声がした。と同時に慌(あわ)てふためき外に飛び出していった。台所にいた私も、すぐに夫の後を追った。  
 しかし、四囲を見回しても、私たちが探しているものは、皆目、見当たらなかった。

 実は、久しぶりの秋晴れに誘われた夫が、洗面所の窓を網戸ごと開け放ったところ、飼っている小鳥が、音に驚き窓から飛び出してしまったというのである。夫は自分の肩に、小鳥がいることに全く気付かなかったらしい。
 小鳥は、生後一年ほどの黄色の羽毛をした、セキセイインコのオスである。彼は、洗面所の大きな鏡が大のお気に入りだった。鏡に映る自分の姿を、友だちだと思い込み、鳥籠(かご)から出ると真っ先に洗面所に飛んで行く。
 その日も、大好きな鏡を目がけて飛んできたものの、夫の体に遮られ仕方なく肩に乗ったのであろう。それを知らない夫が窓を開けたため、小鳥は恐怖を感じて、とっさに開いた窓から飛び出してしまったのである。
 この小鳥は、特別な思い入れのある、もう一人の大切な家族であった。
 息子が大学を卒業して家を離れたため、その身代わりのごとく我が家にやってきた、愛(いと)し子でもある。まだ幼かったが、好奇心旺盛でいつもつぶらな瞳を輝かせ、人間の行動をよく観察し家族の心の奥まで瞬時に見抜く、利発な小鳥だった。

 私は肩を落としつつ家に戻った。愛しい家族を失った家の中は、深閑としていた。深い吐息をつく。じっとしていられず貼り紙を作った。彼がお喋(しゃべ)りすることばや、自宅の電話番号等を記した五枚のポスターを手にし、再び夫と共に家を出た。 
 駐車場の前で、子どもたちが遊んでいた。尋ねると、東の方角を指し「あっちの方に飛んでいった」と、教えてくれた。一枚を残し、その方角の電柱に貼って歩く。やがて家並みが途絶えたため、反対の方角に引き返す。四囲を見ながら緩(ゆる)やかに歩をすすめた。少し先に小さな公園があり、横に何棟かのマンションが並んでいた。残しておいた一枚を、祈るような思いで電柱に押し当てる。
 すでに二時間が経っていた。絶望感が漂う。二人の間に沈黙が流れる。彼らが家から飛び出すたびに、思い出が甦り切ない思いにかられた。そんな私を慰めるかのように、公園の草むらから蜥蜴が顔をだし、通りすぎる。
「ねえ、まさか、反対の方角にいるはずはないでしょうけど、大きい声で呼んでみましょうか?」
 私は意気消沈している夫に、おどけるように明るい声でいった。それは、平穏な休日を過ごそうとしていた夫の心に、波風を立てないための心遣いでもあった。
 私は彼の名前を呼んだ。小さな声で――。その瞬間、信じがたい呼応する声に息を呑(の)む。心急くまま恥も外聞も捨て、今度は大きな声で呼ぶ。すると、再び「ピイーピイー」という声がかえってきた。なんという幸運だろうか。彼は懸命に自分の居場所を訴えていた。静寂を破って、彼の甲高い鳴き声が四辺に響きわたる。心が逸(はや)った。
 声を頼りに辺りに目を凝らすと、彼は公園に隣接したマンションの三階の物干し竿(さお)に、しがみつくようにして止まっていた。私の姿を見て安心したのか鳴き止む。しかし、初めての外の世界が怖いのか、下に置いた鳥籠まで飛んで来ることが出来なかった。思案の末、三階の持ち主に事情を話し、ようやく彼をつかまえた。よほど怖かったのか、籠のなかで「オウチオウチ」と口走る。
 家の近くまで来ると、ご近所の皆さんが拍手をして迎えてくださった。小春日のような温かさが、私の心身を駆け巡る。夫の顔もほころんでいた。

 小鳥を飼って半世紀近い。結婚してすぐ朱色をしたカナリヤを飼った。毎朝枕元まで起こしにきては、ひとしきり美声を奏でた。用を足す時は、必ず籠の中に入る行儀のいい小鳥だった。 
 息子が小学校に上がると、セキセイインコを飼った。兄弟のいない息子にとって、彼は弟の存在であり何をするのも一緒だった。宝もののように慈しみ愛しむ兄に、弟は全身全霊でその愛に応(こた)えていた。その深い絆(きずな)は人間に勝るとも劣らず、彼らの微笑ましい兄弟愛に私の心が和んだ。
 弟は毎朝、二階まで飛んで行って兄を起こすのが日課だった。学校から帰った兄を待ち構え、ピアノに合わせて歌をうたうのを楽しみにしていた。どの小鳥も息子がピアノを弾(ひ)くと必ず集まってきた。彼らが音楽に長けていたのは、意外な発見だった。音の出る楽器が大好きなようだ。
 私のそばで、クラッシックを聴いて育ったいまの小鳥は、テレビでバックミュージックが流れるたびに、人間が気付かない低い音をも、「おかあちゃま、ピーピーピーですよ」と歌うようにして教えてくれる。ことばは、日常の会話から学びとるのか自在で豊かである。自分を「ピーちゃま」と言い、元気な声で「はい」と返事をする。好物は「おいしい」と目を輝かせ、無理に嫌いなものを食べさせようとすると、口をぎゅっと結び「いやです」はっきり言う。寒さに弱いため電気ストーブを近づけた時である。熱かったのか、「おかあちゃま、あついです」強い口調で告げたのにも驚かされた。ことばの意味もちゃんと理解しているようだ。
 あるとき、二階の私の机のそばで遊んでいた彼が、よほど退屈になったのか、何度も私を呼んだ。それを無視しながら作業を続けていた時であった。
「おかあちゃま、やまうちピーちゃまかわいいですか。だいすきですか?」
 突然訊かれ驚嘆する。思わずペンを置き彼をだきしめた。そして、「大好きですよ。よく長いことばを考えて話すことができたわね。なんてお利口でしょう」彼の頭を何度も撫でながら、褒めてあげた。彼らは褒めればほめるほど、ことばも知恵も豊かになっていくからである。

 どの小鳥も、産毛の時から息子以上に愛しみ褒めて育ててきた。そのせいか彼らは皆、私を母親と思っている。教えもしないのに、嬉しい時は片方の羽を左右に動かす。指をだすと足でお手の仕草をする。どんな時も愛しんでくれる者には、全幅の愛をもって応えてくれる。その健気さは、人間の子どもにも勝るものがあった。 
 彼らは犬や猫に劣らず賢く、瞬時に人間の心の奥まで読む。体調を崩し横になっていると、羽毛の体を私の顔におしあて、「おかあちゃま、だいじょうぶですか。いたいですか」愛くるしい声で労わってくれる。その優しい気遣いに身も心も癒され、時々、彼が小鳥であることさえ忘れてしまうのである。
 大の犬好き猫好きの私が、野良猫や隣家の犬で我慢できたのも、ことばを自在に繰り、両の掌(たなごころ)に入る、愛くるしい生きものたちがいたおかげにほかならなかった。
 半世紀近く、彼らと生活を共にしてきた私は、利発な彼らの行動を証明する本はないか、図書館で探したが見つからなかった。一昨年ようやく、六年間かけて鳥類の行動を研究した、外国の心理学者の本に出合った。翻訳された方が面識のある心理学者だったこともあり、息もつかずに読む。やはり、この小さな生きものは、言語的知能も音楽的知能にも長けていた。日ごろ私が感じていた行動が証明されたような気がし、深く心を打たれた。  
 本によると、小鳥の寿命は六年から八年という。冒頭のわが家の小鳥は、気が付くと十六年になり未(いま)だに元気である。家族との食事を楽しみにし、豆腐と味噌汁が大好物だ。御飯と麺類にも目がない。毎日私が作る料理を肩の上でつぶさに眺めている。私が味見をしていると、「おかあちゃまおいしい?」甘えた声でおねだりする。自分の好物は一番に味見をしないと気が済まない。私の至福の時でもある。彼もこの時間を毎日楽しみにしているようだ。
 幼いころはヤンチャな彼だったが、年を取ったせいかそれもすっかり影をひそめ、今では淋(さび)しがり屋で甘えん坊である。私の声が聞こえないと家のなかを探し回る。病気だとわかると、心配そうに小さな体を私の頬(ほほ)に押し当て、そばから離れようとしない。元気になり台所に立っているとよほど嬉しいのか、片方の羽では足りず両方の羽を左右に大きく動かし、小さな体を総動員して、湧き上がる喜びを体いっぱい表すのである。
 彼らは小さな体に似合わず、常に人間の喜びや悲しみをも敏感に感じとり、全身全霊を尽くして寄り添おうとする優しさをもっている。それは、心を閉ざす子どもたちをはじめ、人々の苦しみや悲しみを癒し、心身共に健康な日常に導いてくれるにちがいない、と私は信じて疑わない。
 この小さな生きものの限りない力や優しさを、せめてそのような子どもたちにこそ、体験させてあげたいと願ってやまない。愛するものがそばにいる時、愛の素晴らしさやいのちの尊さを学び、自分がどんなに大切にされているか、気づくはずだからである。その喜びは夢や希望を育み、親を恨んだりすぐ切れて人を殺したり、自殺をしたりする子どもたちは少なくなるだろう、と少年たちの悲しい事件のたびに、考えずにはいられないからである。
 
 三月十一日の「東日本大震災」は、私を育ててくれた故郷福島県をも、地震、津波、原発事故と、未曾有の悲劇が襲った。「一瞬の津波で全てを失い、人生まで変わってしまった」と、瓦礫に佇み涙する被災者の深い悲しみに胸が張り裂け、私は悲しみを共にしながら、祈る以外なす術もなくただただ涙に暮れる。すると私の様子をじっと窺っていた彼がそっと肩に止まり、何度もなんども優しい声で私の名を呼びながら、慰めてくれたのである。
 そんなわが家の愛し子は、どれほど私の魂と家族の日々の生活を潤してくれていることか。共にいると、乾き曇った心が浄化され、いつしか幸福感と深い安らぎを誘うから不思議である。どんな時も、驕(おご)り高ぶらない彼らは、人の心を優しく包んでくれるからであろう。

 今日も愛し子は、つぶらな瞳を輝かせながら、全幅の信頼を寄せた家族の行動を、静かに見守っている。その視線が、なお愛おしい。