和やかに仲間たちと
           石川のり子

 
 食材やメニューにもよるが、昼の食事をワンコイン(五百円)で、落ち着いた書や絵の飾ってある部屋で食べさせてくれる場所は少ない。私たち「和と輪の会」では、十人ほどの仲間とそれを月に一回実行している。期間は三日間で、二日間は食事を出し、一日は喫茶の日になっている。
 場所は会の発起人のFさん宅、現在は二人の娘さんが独立しているので、ご夫婦二人暮らしだが、一階のリビングと八畳の和室とキッチンを自由に使わせてくださる。サロンはテーブル四脚とその回りに椅子を配置して、十六人は座れる。
 食事の提供だけが目的ではないので、部屋の壁面には展示用の金具が取り付けてあって、希望すれば作品を展示してもらえる。
 このサロンの名称は「巷柳庵(こうりゅうあん)」という。私は、昔から風流な家並みにシダレヤナギが植えられていて三味の音が聞こえてくるような雰囲気に憧れていたので、何と素晴らしい名称だろうと、感激した。命名したFさんの夫君は、音(おん)の「こうりゅう」が「交流」とも受け取られることまで考慮されたのだろうか。会員全員が、さすが書家と大満足した。
 開庵は昨年の十月だった。ちょうど一年が過ぎた。一回目の展示は敬意を表して夫君の書作、学生時代から五十年のキャリアがあるうえ、小川芋銭(うせん)の研究者でもあるので、集めた貴重な資料も展示され、見ごたえがあった。
 すべての展示物は油絵、墨絵、書、布絵など、毎回Fさんの夫君がいろいろ吟味して飾りつけてくださる。
 ところで、一回目の昼食のメニューは、カレーライスとサラダ、自家製の漬物、コーヒーだった。
 翌日はおにぎりとトン汁、自家製漬物、コーヒーなどである。
 ここに至るまでは、何度か話し合いを重ね、Fさんと二人の栄養士が中心になって、保健所などに届け出をした。
 いくら家庭的な雰囲気を大事にするといっても、食事代をいただくのだから、衛生面に細心の注意が肝要である。
 そして、赤字にならない程度の売り上げがでないと、長続きはしない。幸いなことに、野菜は退職後に野菜作りをしている農家のOさんや畑を借りて耕作しているメンバーが新鮮な野菜を安く提供してくださる。
 当日働く私たちも自覚をもって調理人とウエトレスやレジ係に変身する。お客様は二日間で二十人余りで多くはないが、メンバーも五人ずつ二日間に分かれ、楽しみながらお手伝いをしている。ときには、ご近所のひとり暮らしのおばあさまに、「楽しみにしていますのよ」と笑顔を浮かべてお礼を言われると、私たちの励みになる。
 私は喫茶の日には抹茶を点てる。希望者にはお作法の手ほどきもしている。おもに会員だが、和気藹々(あいあい)と年齢を忘れて、お茶をいただくのは老化防止にもなっているようだ。
「和と輪の会」の定例会では、料理や展示の反省と収支報告、次回のメニューが検討される。今までに、てんぷら定食、コロッケ定食、冷やし中華、お蕎麦、おはぎ、サンマ定食などなど、季節にあったものを、新鮮な野菜をふんだんに盛り合わせて提供してきた。
 この一年間でメンバーは料理の腕を上げた。楽しみにしてくださるお客様も増えた。負担にならない程度に続けたいと話し合っている。

 私は「和と輪の会」に入会して八年になる。偶然訪れたパソコン教室で、Fさんに、
「これからの人生を仲間と楽しく過ごしませんか?」
 と、声をかけられたのだ。引っ越してきたばかりで人見知りをする私は、新しい環境に容易に溶け込めず、学童保育の指導員仲間にさえ打ち解けずにいた。そんな私を、教師を退職されたFさんが、気づかってくださったのである。私もこの土地で暮らしていくのだから、もっと積極的に仲間づくりをしなくてはと考えていたので、即刻入会を決めた。
 会員は還暦を過ぎた女性がほとんどで十人ぐらいだったが、イベントの時にはご主人も参加されて会場がいっぱいになった。当時、会員の常に憩える「居場所」として、閉店した店舗の一角を安く借りていた。
 
 ここに、定年まで電機業界に勤めていたエンジニアが、初心者のためにパソコンを教えるコーナーを設けていたのだ。
 その「居場所」の壁面には、茶碗や皿などの陶芸作品、バッグや財布などの皮製品、ビーズのネックレスや指輪、鍋掴み、エプロンなどなど、玄人はだしの作品が並べてあった。売れれば二割ほどが会の収入になった。
 私は不器用でそういったことができなかったので、品物を買ったり、パソコン教室に通うことで参加した。「居場所」ではこういった来店者が寛げるように喫茶コーナーも設けてあった。
 当番は順番で、開店している週四日(十時から四時まで)を午前と午後に分けた。それでも都合の悪いときは交代してもらった。
 三年ほど経って、定例会で「居場所」の維持が議題になった。ボランティア活動なのに、当番を義務づけられて束縛されたくない。家賃を払ってまで「居場所」にこだわることはないのではないか。来店者が増えてもおしゃべりをするだけで、収入には結びつかないなど、いろいろと意見を出し合った結果、家賃のために働くのは止そうということになり、店舗は解約した。パソコン教室が独立して、そのまま借りることになった。
 今までの「居場所」のかわりとして、月一度の定例会は発起人のFさん宅でおこなうことになった。外部から招いてジャズやシャンソンのコンサートなどを開催してきたイベントは、装いも新たに、お寺の本堂を会場に、お年寄りも楽しめる落語会を企画した。これが好評で立川談修さん、立川平林さんにお願いして、今年で三回目を無事終了した。私はチケット作成の担当だったが、毎回会員の口コミで百五十枚が完売した。二人の謝礼と打ち上げをしても赤字にならず、今のところ評判も上々で、来年の予約もある。
 私はこの「和と輪の会」でいろんな体験をさせてもらっている。恒例の十二月のイベントには、長野県出身のFさんが取り寄せるリンゴやキノコを販売し、お馴染みになっているコーヒーショップにも立つ。
 古希になったとはいえ、まだ老い込んではいられない。今がいちばん幸せねと、同年代の仲間と意見が一致している。