七菜ちゃん 
           福谷美那子


 平成十四年の七月一日、福岡に住んでいる次男から電話がかかってきた。
「お母さん、生まれたぞ、女の子だ。だけどさ、顔は大関の千代大海に似ているんだ」
 私は一瞬絶句したが、その後、笑いがこみ上げてきた。
「丈夫そうで、いいねぇ。早く見たいわ、楽しみにしているね。園美さんによろしく」
 受話器を置いたが、私はなんだか興奮してしまい、かたわらの夫に言った。
「あなた! 千代大海に似ている女の子が生まれたのですって」
 夫はなにも答えずに、笑い出した。
 ともかく、安心したせいか自分の体がしなやかになっていった。
 しばらくして名まえを決めることになった。
 次男が電話で候補をあげてきた。
「お母さん、七海と書いてさ、『なみ』はどう?」
「お兄ちゃんのところが『なつみ』だから良くないね」
「じゃ、また」
 いったん電話が切れた。しばらくして意を決したような張りのある声で次男は告げた。
「お母さん、『七菜』にする。七月生まれだし、従姉が『春菜』だから」 
「なな…」
 私は呟いてみた。なんといい名まえなのであろう。
 昔、仲良しだったナナちゃんという友達を思い出し、うれしかった。
「彼女のように優しい女性になってくれたらいいけれど」
 そんな願いが心に満ちてきた。
 二ヶ月ほどして、七菜ははるばる福岡から祖父母に会いに来てくれた。
 よく肥って、ふっくらとした丸いお顔で私たちに笑いかけてくれる。桜の花びらのようなくちびるや、モミジみたいな小さな掌、鼻は少し上を向いている。見る人の連想によって私似になったり嫁の母親似になったりする。
 まさに嬰児とは、天からの授かりものである。
 昨年、七菜は三つのお祝いをした。
 一年、一年、七菜は愛らしい顔だちになってきた。
「七菜は、かわいくなったでしょう?」
 私が息子の家を訪ねると、必ず息子は問いかけるように言って、親父づらをする。  
「そうだね、髪の毛もカールして、睫毛(まつげ)も長くなったね」
 そばで遊んでいたお兄ちゃんの貫太が飛んできて、私に耳こすりした。
「寝顔と歩き方は、おばあちゃんそっくりだって……」
 そういえば七菜の気質は、私の幼いときに似ていると気づいたことがあった。しかし、私よりはるかに運動神経は発達している。
 あるとき、少し離れたところから、「おいで」と手を広げた。高い椅子に乗っていた七菜は私をめがけて一回転して飛んで来ようとして、頭の重みで椅子から落ち、大泣きをした。
「ああ、よかった。首の骨を折ったら死ぬところだったのに……」
 私の背筋に冷や汗が流れた。
 七菜はおてんばで気が強いが、気だては優しい。
 私が子守を頼まれて行ったとき、
「ヤクルトミルミル、一つしかないから、お兄ちゃんに見えないところで飲みなさい」
 と、ストローをつけて渡してやった。ところが、半分飲んだところで、「にい(兄)にも」と、お尻を振りながら、ヤクルトをお兄ちゃんに持って行った。
 つぎは飴をねだるので一つ掌に載せてやると、「にいにも」と、またもらいに来る。お菓子の数は案外に私がだまされていたのかもしれない。
「幼子は天使」という人もいるが、どうしてどうして、おとな顔負けと感じることもある。    
 子どもは雑念がないだけに鋭く、「役者はうわて」なのだ。
 横須賀のダイエーには、子どものゲーム広場がある。ままごとコーナーもできている。
 そこへ連れていくと、七菜はままごと遊びでいつもお母さんになる。見ていると母の手本のようにやさしく子どもたちをたしなめている。
「お母さん、不思議ですね、七菜はお転婆でもお人形に飛びつくし、お兄ちゃんは、気が弱くても戦争ゴッコのゲームが好きですし」
 嫁が笑いながら話しかけてきた。
「やっぱり男は男、女の子は女なんだ」
「そうですねぇ。お母さん、七菜は買って欲しいとは言わない子なのですよ」
 そのことばに連想されて戦争のさなかにあった私の子ども時代を思った。
 あの食べ物のない切ないほどの空腹、私はどう耐えていたのであろう。ぼんやり考えていると、
「ばば、ばば」
 遠くから七菜が私を呼んだ。その弾んだ声に振り返って、私はにっこり笑った。