〈エッセイ〉日章旗への文字書き
               高橋 勝


 この夏、酷暑を吹き飛ばしてくれたロンドンオリンピックが終わった。七月末日の男子サッカー戦から八月半ばの閉会式まで、テレビや新聞やネットによって現地で活躍する日本人選手や応援する日本人観客の姿が大きく報道されていた。個人的に印象に残っている試合だけでも、女子柔道、男女水泳、男子体操、女子卓球、女子サッカー、女子レスリング、女子バレーボールなど、日本人選手の活躍する勇姿に、現場のサポーターと一体になり、手に汗を握り、胸の動機を覚え、いつしか目がテレビ画面に釘付けにされていた。
 そんななか、意外に目を引いたのは日の丸の旗が到るところで観られたことである。女子マラソンでは、街路コースのあちこちに、イギリスのユニオンジャックの数にけっしてひけを取らないほどの日の丸の旗が振られたり結わえられたりしていたし、女子バレーボール三位決定戦など室内観客席でも日の丸だらけだった。普段の祝日でも、一般家庭の門先に掲げてある日章旗を目にすることの極めて少なくなってしまった今日の日本人にとって、こうした風景を目にすると、やはり日の丸の旗はいざというとき自国民としての思いを託す最後の拠りどころとして、気楽に親しまれている証のような気がする。
 しかし、ほんの一部に過ぎないが、意外な、これまで目にしたことのない、どこか違和感を誘う光景に出会った。いや厳密にはそうした現象は既に到るところで起こっていて、気をつけてみる余裕が観る側になかったにすぎないと云った方がよいのかもしれない。それは、ある出場選手の一人が、練習の合間だったのか、フィールドで両手に開いて持っている日章旗のなかに、黒のマジックのようなもので太い文字が書いてあるのをはっきり目にしたときのことである。
 文字自体はいずれも同じような意味や内容を現していて気にもとめないのだが、異様に感じたのはその書き付けた位置である。これまでもファンなどが激励の言葉を寄せ書きしたり、選手たちが自分達のメッセージや意気込みを記したりするときは、白地の部分に限っていたのではないかと記憶する。ところが今回目にしたのは、白地に限ることなく、あの真っ赤な日の丸の真上を横切って、黒の太いマジックの横書き文字が堂々と貫き通してあったのだ。
 こうした書きようをしているのはこのチームだけかと、それ以降注意深くテレビの画面を眺めていると、他にも客席や沿道など日本人の持つ旗には同じような文字書きがあちこちで観られた。日の丸のなかに「絆」という文字やその他はっきり読みとれない漢字やひらがなやアルファベットを書いた日章旗が、誇らしく高く掲げられ大きく振られていた。
 だからどうしたっていうの、そんなことにいちいち目くじら立てている人がいると、せっかく楽しんでいる世界的な大運動会に水を差す以外の何ものでもないじゃないか、あんたはいったい日本人なの、などと言われてしまうのかも知れない。確かに、本人にしてみれば特に思うこともなく、空いているからここにも書いてしまえと、なかば遊び感覚で赤い日の丸の上に筆を染めただけなのだろう。それに、そうした振る舞いが何気なくテレビやネットや新聞に映し出されたり掲載されたりするようになっているので、何を意識するでもなく、一様に真似をするようになったのだろう。そのように考えれば、彼らを一概に責めることなどとてもできるものではない。しかし、こうした現象にはやはり何かそれなりの象徴的な意味合いがあるように思えて仕方がない。それがどのようなものか、この機会に考えてみたい。
 それまで東京オリンピックのころまでだったろうか、はっきり記憶しているわけではないが、国際スポーツ大会などでよく観られる日章旗には、文字自体がそもそも書かれていなかったように思う。書かれていても、白地の部分を選んで僅かに記していただけで、そこにはいかにも何か一歩後ずさりするような思いが隠っていたような気がする。もっと言えば、無意識的にせよ、まん丸のお日さまが象徴しているものが太陽であると理解していて、その真上に文字を書くのはどこか空恐ろしいことだという感覚が息づいていたのであり、そのため敢えて控えていたのではないかと思われるのである。
 そもそも太陽とは、大地に恵みをもたらしてくれ、人間を含めた万物の生命を養ってくれる源である。日本は地政学的にも四季の変化に富み、稲作が重要な生産手段であった。この農耕民族の祖先にとって、太陽に対する崇拝の念には格別のものがあった。『古事記』には、稲作に関する神々が多数出てくる。それらの神々はもとを辿れば、天照大御神との結びつきによって生まれている。天照大御神とは、天に輝き地を神々しく照らす唯一の偉大な御神である。それゆえ、皇室の祖神である天照大御神への崇拝は、ときの御皇室への絶対的崇敬の念に繋がっているのである。
 聖徳太子による遣隋使の派遣時には、自国を「日出ずる国」と文書に記したように、赤い日の丸は、日の出の太陽を象徴するものだった。また、江戸時代後期に幕府が諸外国との関係から、日本の船舶に日の丸の旗を掲げて走らせるなど、海外との政治交渉や商取引の際に、日本国は日章旗を自国の象徴としてきた歴史がある。さらに、先の大戦に眼を向ければ、出征兵士に対し、身内の者や仲間達は「武運長久」などの文字とともに自らの名前を寄せ書きした日章旗を持たせ、家族同様一心同体のお国のために戦地に挙げて送り出していた。その際、日の丸のところには僅かでも墨が触れないよう細心の注意をして筆記していたことが、現在に残る戦時中の日章旗を観れば、いずれからも看て取れる。
 それゆえ昔からの事情を知っている人なら、たとえ今日、数は少なくなっていようとも、今回目にするような日章旗への文字の書き方には、一様に違和感を覚えたのではないだろうか。それなのに、なぜ周りの人たちは誰も注意をしなくなってしまったのか。分かっていても、時代の流れには抗しがたいと諦めているのだろうか。そうかもしれない。それで良いのかもしれない。しかし、個々人の当時の記憶は生き続けているだろう。そうであるなら、国旗国歌に対して取り立てて思いを託すものでもなくなっている眼前の若者たちを観て、一種あきらめのうちに悲しんでいるのだと推察できる。
 そもそも、国旗とは、その国がその国独自のあり方をしているというアイデンティティを象徴しているものだ。何処の国でも国旗にはそれだけの重みと敬意と畏怖の念が込められている。そこには、長い伝統に基づく多くの血と涙と、あるいは生活に密着した祈りや安らぎや誇りの思いが格別に宿っている。現に今回のオリンピックで、当初は他国と同様に公の場に並べて掲げられていた国旗が、政治的な思惑からか途中で取り外され、涙をのんでいる国もある。
 一方で、金メダルを大量に勝ち取っているにもかかわらず、沿道や観客席で、その国民が自国の国旗そのものを自発的に手に持って振っている姿が全くと言っていいほど見られない国のあることにも気づく。それぞれの国にはそれぞれの事情があるとはいえ、そうした現象を踏まえて考えれば、一般の国民が自国の国旗を手にして応援しているのは、本人と国家との関係がいかに密な一体不可分のものなのか、その国民の側のとらえ方の深度を表象していると言えないだろうか。それだけに、日本人観客が自国の国旗をあちこちで手にして応援している姿は好ましいのだが、一点、外国の国旗にはひとつも見られない、文字の書き付けという現象は、何かマイナスな印象を与えていると感じざるを得ない。
 自虐的とも見えかねない自国国旗への扱い方をしている背景を考えていけば、さまざまな要因に突き当たるだろう。それが一時に生まれたものではなく、長い時間をかけて醸成されてきたことを考えれば、根本的には、戦後日本の教育、特に道徳教育のあり方に関連していると考えられる。
 明治政府は、西洋の憲法に範をとり、日本独自の立憲君主制にもとづく大日本帝国憲法を制定する際、西洋諸国において機能しているキリスト教による倫理的抑止力に対応するものとして、憲法とは別に教育勅語を発布した。ところが、第二次大戦後のGHQ主導による日本国憲法においては、それに該当するものが削られ、憲法自体のなかに倫理規定も僅かに盛り込まれるなど非常に分かりにくいものになった。それゆえ、この民主主義社会のもとでは、抑止力として機能すべき倫理規範というものが曖昧模糊としたものでしかなく、今日に至るも存在していないと言える。そのことによって、日本人は、個人の主権を主張し合うだけの、まるで寄る辺ない根無し草のようなひどく孤独な国民性に育てられていったと考えられる。
 この基本認識のもとに、さらにそのような動きを助長する存在として、学校教育とマスコミを指摘したい。民主政治の世界なら、どれほど国益を損なうほどの、能力的にも道徳的にも問題がある政党や議員だったとしても、同じスタイルでかなりの長期間絶対的な権力の座に居座っていることは難しい。そこには、国民の側から審判を下せる選挙が一定の期間ごとに行われるからである。しかしこの二つの世界は、自分たちの生き方に大きな影響を及ぼしているにも関わらず、国民の思いが直接反映できない仕組みになっている。
 学校教育空間においては、戦争を知らない世代への、事実とは異なる、故意に歪曲された歴史認識を吹き込み続ける教育が現実に見られる。国旗掲揚、国歌斉唱を政治的な問題と化し、学校長を自殺にまで追いやる、閉鎖的な、独自の世界が依然として現存している。教育活動より夢想的なイデオロギー闘争に明け暮れ、生徒や保護者の方に眼を向けることもせず、いじめなど子供たちの犠牲のうえに胡座をかいて、ゆくゆくはこの国を想いのまま独自のピンク色に染めあげようとする活動を熱心に展開している一部教師達の勢力集団が大手を振っている。
 もうひとつのマスコミについては、金メダルを勝ち得た日本人選手たちへの表彰台で流される国歌の吹奏と国旗の掲揚を巧妙なやり方で隠蔽するなど、テレビや新聞の偏向報道が目に余ると指摘できる。はじめは報道の使命に高邁な理想を掲げていたとしても、長期にわたる近隣諸国による外国マネーの圧力にさらされ続け、結局は節を屈し、報道人として、また日本人としての魂を売り渡して恥じない黒い波が、この国土全体を浸食している。
 ではどうすればよいのか、国民の一人としてできることはどのようなことかと考えれば、今回のサポーターや出場選手のあり方から学べるのではないだろうか。確かに、一部の武道系の選手のなかには、負けた余りの悔しさに号泣する姿をテレビに晒していたし、その一方で勝利した余りの感激に高揚してしまい、試合した直後敗者の見ているマット上で跳んだりはねたり投げ飛ばしたりしていた姿も世界中に映し出されていた。しかし総体的に観れば、たとえ言葉通りに受け取るわけにいかないとしても、日本選手の礼儀正しい闘いぶりこそオリンピックの鏡であるとする外国選手の賞賛する声も多々紹介されているほうがまだ現実に近い姿であろう。また一部のサポーターのなかで日章旗に文字を書いた人でも、この稀な機会を捉えて素朴に応援したかっただけの純な愛国心の現れにすぎなかったのだろう。
 だが、今回の日章旗への文字書きのあり方ひとつから、今日の日本の似非平和主義社会のあり方とその背景を象徴的に感じ取ってしまい、心の隅に行く末への憂いの一片でも抱いてしまったとしたらどうだろうか。それにはやはり、いかにも日本人らしい応援の仕方だ、勝負の仕方だ、と自分にも世界の人にも言えたり言われたりするくらいの、精神的に一本、軸足の座った、凛と誇れる伝統的な態度を取り戻し、身につけていくことではないかと考える。
 こう言えば、敢えてそんな理想的な姿を今日の時代風潮のなかにストイックに求めるのは考えすぎであり、時代錯誤の夢物語に過ぎないじゃないかと反論されてしまうのかもしれない。それも好いだろう。だが、ただ、これまで日本国の歩んできた遙かなる時空の道のりに眼を向け、歴史的事実はたとえようもない暗く悲しく不条理に満ちたものであったとしても、事実は事実として目を逸らすことなく見つめ、歴史的真実は真実として歪曲せずに認め、唯一無二のものとして愛おしみ、そうして今日に続く伝統の流れを確かに踏まえた上での理想であるなら、そのような道を歩んで行くべく努めるのが、国民の一人として肝要なことだと思うのである。(了)