お彼岸のころ
         石川のり子


 昔から「暑さ寒さも彼岸まで」といわれているが、まさにそのとおりで、彼岸入りの十九日にちょうど良いお湿りがあった。昼食を済ませ、雨もやんでいたので、気がかりだった庭の草取りを始めた。
 暑さは少しばかり和らいだといっても、蚊が多い。長袖と長ズボン、ゴムの手袋に長靴、帽子を目深にかぶり、完全武装の身支度である。働く前から汗が吹き出るが、蚊に刺されるよりましである。首にかけたタオルで、顔の汗を拭う。
 南側の裏庭は、一か月以上も草むしりを怠っていたので、雑草が伸び放題である。
 ことに目立つのがメヒシバで、節から根を出して広がり、針金のような細い茎を二十センチほども立ち上がらせ、放射状に穂を出し密生している。よく空き地で見かける雑草だが、花壇にまで侵入して、白いタマスダレの花やマリーゴールドの黄色い花を隠している。土が濡れているので、鎌も使わず、思い切り根っこごと引き抜いていく。
 同じように花壇の土を覆っているのが、スベリヒユ。赤紫の茎に小さなへら形の肉厚の葉をつけて、一センチにも満たない黄色の花を咲かせている。ハナスベリヒユ(ポーチュラカ)の原種で、昔から畑に生えていた。肥えた土が好みなのか、ミニトマトやナスなどの野菜が植えてあるスペースに広がっている。子どものころ、お浸しや味噌汁で食べた記憶があるが、味までは覚えていない。
 私は改良品種のピンクと赤と黄色のポーチュラカ三鉢を、日向に出して、水遣りをまめにして、大事にしている。マツバボタンの仲間だけあって、日中にあでやかな花を次々と咲かせるが一日の命である。居間からレースのカーテン越しに愛でて、酷暑の夏を乗りきった私としては、差別をするようで心苦しいが、野菜の邪魔になっている原種は、全部引き抜いた。
 根絶させたはずなのに生えているのがカタバミである。細い茎が地面をはい、芝生の中にまで侵入している。ハート形の小葉三枚が一枚の葉のように見える。これも子どものころ、ままごと遊びで口にした。私の童心に訴えかけるように黄色の五弁の小花を咲かせているが、心を鬼にして、目につく限り引き抜いた。
 一時間も経ったころ、町役場からのいつもの男性の声でアナウンスがあった。
「県南水道からのお知らせです。利根川水系における取水制限のため、節水のご協力をお願いします」
 待望の雨が少しまとまって降ったから、水の心配はなくなったのかと思いきや、ダムのある利根川の上流、つまり群馬県の方は雨がほとんど降っていないらしい。
 我が家の近くを流れる利根川は水量を減らしていないので、上流では雨が降っていると思い込んでいた。
 関東地方は、八月にはほとんど雨らしい雨は降らなかった。しかし、水不足の報道もなかったので、三十度を超す猛暑に弱っている庭木や草花に毎夕、水遣りをしていた。雑草もその恩恵に浴して、花壇を占領するほど生長したのだがーー。
 節電でクーラーをひかえている身には、夕方の散水は涼を呼び、私は蚊の襲来に辟易(へきえき)しながらも、水遣りを日課にしていた。ご近所でも植木に水をやっていたので、温度がいくらか下がって気持ちが良かった。
 ダムの水が減る一方だったと知ったのは、九月にダムの水量が報道されてからだった。
 新聞では、利根川水系にある八つのダムの貯水量が、平年の五〇パーセントほどになっていて、とりあえず一〇パーセントの給水制限を始めたということであった。今後雨が降らなければ、もっと制限が厳しくなる可能性は、十分考えられるとのこと。
 さほど広くない日本列島なのに、関東地方のように渇水で困っている地域がある一方で、台風による暴風雨で苦しんでいる地方もある。
 最近の異常気象は、自然への配慮が足りなかった人間の生活によるものだが、そうかといって、昔に後戻りはできなくなっている。私にできることといえば、無駄をなくすことぐらいである。
 しかし、どんなに暑くても、真夏とは明らかに違う。空は高く、上空に今まで見られなかった鱗雲が浮かんでいる。
 日暮れも早くなった。散歩コースの利根川の堤防は、石段を三十段上っただけで、朝夕の風が涼しく感じられる。空気も澄んでいる。
 西に沈む太陽の光線は、雲間から漏れ、神秘的な夕焼けとなる。私はこの景色が大好きで、毎日犬と歩く。ときどき出会う友人も、「この夕空を見るために歩いていますのよ。映画のキリスト誕生を思い出しますの」と目を細めている。
 堤防の東側を見下ろすと、すっかり黄色くなった田んぼが広がっている。稲穂が首を垂れ、すでに刈り取られて切り株になった田んぼでは、シラサギが舞ったり、歩いたりしている。自然界は確実に秋を迎えている。

 さて、二時間もかけて抜いた雑草は、大きなゴミ袋一個になった。汗みどろになりながら、ときどき立ち上がり、手足を伸ばし、縁台に置いた冷たいむぎ茶を飲んだ。日ごろ怠けているので目眩がするほど疲れた。が、達成感で気持ちは晴れやかである。
 汗を拭き拭き、雑草がなくなった庭を見回すと、今まで姿の見えなかったナデシコやペチュニア、タマスダレやマリーゴールドの花が、私には微笑んでいるように見える。
 そして、夫がよく絵に描いていたシュウメイギクが大きく膨らんだ莟の茎を何本も伸ばし、白い花びらを見せている。紫色のハナトラノオもまっすぐな四角の茎に、花を穂状につけて下から順に咲いている。シュウカイドウもピンクの長い花首を垂らしている。
 そうだ、彼岸参りには、夫も好きだったこのシュウメイギクとハナトラノオトとシュウカイドウの三種類を持っていくことにしよう。