思い出の帽子
                  福谷美那子


 今から十年前のことになる。長谷川淳子さんが「筆に味わう佐太郎の短歌、五十首」と題されて東京の八重洲画廊で書展を開かれた。
 私は、以前に拝見した長谷川さんの書展で、ほのかな温かみを感じさせる、筆の運びに心惹かれていたので、友達を誘って見に行った。
 当日会場に入っていくと、
「志満先生がいらしてますよ」
 と、受付の方から告げられた。何気なくあたりを眺めると、長谷川さんと歓談されていた。
 ふだんあまりお会いできないので、急に懐かしくなり、「先生!」と、声をかけた瞬間、先生の肩を叩いていた。
「あなた、遠いのでしょ、よく来られたわね」
 そのおことばに背の高い先生を見上げると、目を細くされた笑い顔と、かぶっておられた深い紺色の帽子が目に止まった。
「先生のお帽子、素敵!」
 突拍子もないことを言ってしまって、自分自身戸惑っていた。
「これねぇ、洋ちゃんが買ったものなの。でも気に入らんようで、代わりにわたしが、かぶっているのよ」
「でも、軽そうでお似合いですよ」
 その時、先生は帽子をそっと取られて、
「貴女、かぶってごらん」
 と、私の頭に載せられた。まさしく、その帽子は軽く、渋い紺色が心に残った。
 全体が飛行船のように楕円形なのも不思議な気がした。
 長谷川さんが、お茶を運んで来てくださった。私の友達も交えて近くにあったテーブルでしばらくお話をした。
 私はその日、志満先生の近詠が読んでみたくなり帰宅して、何冊か歌誌を開いてみると次のお歌が目に止まった。

われのみの事ならざらん馴れ難しひとり飯食ふ時の寂しさ

二階まで引きずり上げて布団干す痛む手や腰労はりながら

 それまでずっと、志満先生を近づき難い方だと思い込んでいた。しかし、先生と帽子のお話をした日から親しさが湧き、私は先生を身近に感じるようになってうれしかった。
 古いノートを繰ってみると、その日は平成十一年四月二十一日と記されている。
 考えてみると、たくさんの歳月が流れているのだが、折にふれあの帽子のことが先生の温顔とともに鮮明に浮かび上がってくる。
 そして、この二首のお歌に感じられる寂しさと老いてゆく苦しみが、私はこの年齢になって身に染みてならない。あらためて数々のお歌を味わっているこのごろである。
  ( 『線路沿いの家』より 平成二十年)