オオタカの巣  
                  中井和子

 四月(平成二十四年)下旬であった。福島市郊外にある水林自然林で、男性講師を招いての、自然林内の自然観察の講座に、私も参加させていただいた。
 以前の水林自然林は、見事なアカマツ林が見ものであった。しかし、アカマツは病害虫で枯れて次々と伐採されてしまった。当時は、自然林を訪れるたびに痛ましく、抜歯されたように広がって行く空間に、私は寂寞とした思いでいた。いまでは、周囲の大きな広葉樹が茂り、緑のドームのようになっている。
 それでも、まだ、アカマツの樹は少し残っている。
 そのうちの一本のアカマツの近くで講座の先生が足を止め、上方を見上げてオオタカの巣のあることを皆に告げた。
 それは小枝や木瘤(こぶ)もない、するりとした直径数十センチのアカマツの木であった。見上げると、十メートルの高さ辺りの幹から太い枝が横に出ていて、その叉になったところにオオタカの巣が造られていた。
 先生が説明された。
「あの巣は去年のものを使っているのですよ…、エコですね……」
 営巣木にはアカマツが多く、モミやスギ、カラマツ、ヒノキの枝も使われるのだそうである。
 巣の大きさはおおよそ一メートル近くあるのだろうか。厚さは数十センチ、小枝を積み重ねた、おおざっぱで頑丈そうだ。巣のあちこちに青い葉っぱが見られた。
 あとで、水林自然林の管理者の方から話を聞いた。
 抱卵するときは、決まって松の木の葉を敷くのだそうだ。雛のクッションにもなり、また、松葉には雑菌を除菌する作用があるという。
 私たちは、アカマツの根元から二十メートル離れて、恐る恐るオオタカの巣をウォッチングしていた。
 雛を抱いているのだろうか、一羽のオオタカの頭だけが見えた。
 そこへ一羽の灰黒色のスマートなオオタカが巣の脇の枝に降り立った。雄である。思いのほか小ぶりである。腹、胸は白く灰黒色の横班が全体にあるそうだ。眉班は白くて目立つそうだが、それらは距離があって確認できなかった。
 鳩類、ムクドリ、ヒヨドリを空中で捕らえる。その鋭い嘴(くちばし)とウサギのような小動物をも鷲づかみにする鋭く大きな脚、威厳さえ感じられる大きな鳥が目の前にいることに私は感動さえ覚えた。
 私はオオタカについては、なんの知識もない。生態について調べてみることにした。
 オオタカは、環境省のレッドデータリストに、絶滅危惧Ⅱ類の、国内希少野生動物種に指定されている、という。
 全国の平地から産地の森林で繁殖していて、北日本に、やや多いそうだ。
 雌は大きく、体重差は雄の三倍あるという。鳥の中で最も雌雄の体重差がある種類といわれている。その理由の一つは狩猟により餌を捕るオオタカにとって、雌雄による獲物の競合を避けているからだという。
 一月は求愛期で、三月に入ると巣作りを始める。オオタカは生涯同じペアなそうだ。
 そして、四月から五月ごろに二個から三個産卵して、三十五日から三十八日で孵化する、とあった。幼鳥はヒヨコぐらいの大きさで、六、七月から、八月にかけて巣立ち、独立する。

 インターネットでオオタカの動画を見た。
 どこかの田園風景が映った。田畑の中を一本の道が通っていて、車がひっきりなしに行き交っている。大きな農家の二階の軒上なのであろうか。横一メートルと奥行きが数十センチの四角い空間に粗い砂のようなものが敷いてあり、木の枝は一本もない。その砂の上に、大きさが同じ二羽の雛と一個の卵があった。
 母鳥が帰ってきて、雛と卵を掻(か)き寄せて羽の中に入れた。
 それからどれほどの日数が経(た)ったのか。動画の中の二羽の雛の羽先がまだらに、薄い黒い色がちらつき始めていた。一個の卵はようやく孵(かえ)ったばかりのようで、割れた殻の傍(そば)にまっ白な雛が羽をばたつかせていた。産卵に時間差があるのだろうか?
 それから、母鳥は捕ってきたスズメほどの小鳥をクチバシでむしりながら、大きく開けた二羽の雛の口に餌(えさ)を与えた。しかし孵(かえ)ったばかりのふらついているいちばん小さな口に、餌はなかなか入れてもらえないのであった。ようやく最後の一口の餌を入れてもらった。この体が小さいのは雄なのであろうか。

 また、自然林の管理者の方から話を聞いた。
 天空の覇者のオオタカにも天敵がいて、それは、蛇とカラスで、いつもはオオタカの餌食になるカラスが、七羽ぐらいの集団でやってきて卵や雛を襲うのだそうだ。オオタカといえども多勢(ぜい)にはかなわない。
 私は、また、鳥の壮絶な世界をのぞいたようで驚いた。

 それに、カラスは人間をも襲うのだから怖い。友人はゴミ置き場にいるカラスとは目を合わせないようにしている、とも言った。知人がカラスに襲われて、病院で手当てを受けたのだという。
 果てのない大空を自由に飛んでいる鳥たちの世界もまた、生きていくには厳しいのだ。