オ ペ ラ         
                中井和子


 この冬の(二〇一三年)日本列島は、例年にない大雪に見舞われた。家の中に閉じこもり、私の冬眠は長く続いた。やがて三月下旬になると、各地から桜便りが届くようになったが、私の気分は相変わらず家の中がいちばん、であった。
 四月に入ったある日、友人からのお誘いがあった。
「新国立劇場(新宿)で、オペラ『魔笛』が上演されるのよ。行ってみない?」
 冬の間私のぐずっている気分が一掃されるかもしれない。私は二つ返事でお供をさせていただくことにした。
 四月半ば、上演時間に合わせて福島駅発十時二十三分の新幹線に乗る。
 その同じ列車には、華やかに装った知人たちの姿もあった。新装なった歌舞伎座へ向かうのだそうだ。地方に住んでいると、時には文化の薫りにときめきたくなる。それがまた、折々の楽しみなのだ。
 私は、本格的なオペラ劇場でオペラを鑑賞するのはこれが初めてである。
 資料によると、新国立劇場は平成九年に完成された日本初のオペラハウスで、総客席数は千八百十四席。主舞台と同じ大きさの舞台が左右と奥に同じ広さの舞台を併せ持つ、四面舞台を有しているという。舞台の左右は約十八メートル。そして、舞台上にプールも作れる機能もあるそうだ。劇の本質を理解し、独自の表現で演出する演出家たちにとっては、刺激的な舞台であり、世界的にも評価の高い劇場なのだとか。
 私たちは一階の前から八番めの席に着いた。後ろをそっと眺める。四階まである客席、二階から四階には貴賓席のバルコニー席がある。舞台の手前はオーケストラ・ピットだ。私の中では、外国映画のオペラ劇場そのものであった。
 観客席には私たちも含め、年配の方たちの姿が多く見られた。
 しかし、私の隣の席はまだ幼な顔が残る男性で、大学生なのだろうか。トートバックの中をひっくり返している。そこから音符が印刷されている百枚もあろうかと思われるその楽譜の束を手にして、鞄(かばん)に入れ替(か)えているのが目に入った。音大生かな? など、当然のことながら、歌舞伎座とは異なる会場の雰囲気と期待感に、私は興味津津であった。
 十六世紀にイタリアのフィレンツェで宮廷文化として誕生したオペラは、もっぱら、ギリシャ悲劇を題材にしていたのだそうだ。その時期と同じ、日本では、江戸の大衆文化として歌舞伎が誕生していたというから、地球上の歴史の文化発祥に、私は不思議なものを感じた。

 ついに、幕が上がった。全役日本人によるモーツァルトの『魔笛』はドイツ語で歌われるのだが、日本語訳も表示される。
 夜の女王が現れた。邪悪なザラストロに娘パミーナが誘拐されたので、救って欲しいと、王子には魔法の笛を、道化役のババゲーノには魔法の鈴を与えた。しかし、本当に邪悪なのは夜の女王の方なのだ。
 その夜の女王役の安井陽子さんは、最も高い声域といわれるコロラトゥーラ・ソプラノ歌手で、その円熟した素晴らしい歌声に私はすっかり魅了されてしまった。まさにオペラは声の芸術である。
 王子とババゲーノは、パミーナを救うためにザラストロの神殿にやってきた。重厚な神殿のセットの景の中に、そのザラストロが姿を現す。民衆が歓迎の合唱で迎えた。私は不審に思ったが、ザラストロは邪悪な君主ではなく、偉大な指導者であったのだ。
 一幕の幕が下りた。私は高揚した気分のまま友人とロビーに出た。友人が辺りを見回し感心したように呟(つぶや)いた。
「男性が多いのには驚いたわ。やはり東京ですねえ」
 なるほど、男性の姿が多く、女性たちも街着ながら、知的なまなざしや雰囲気を漂わせた素敵な人たちであった。
 第二幕では、ザラストロの宮殿で、王子とババゲーノが沈黙の試練を受けることになる。
 無事試練を乗り越えられたら、王子とパミーナは結ばれ、夜の女王の国は滅びるであろうと、ザラストロは予言する。王子は耐え抜く決心をする。ババゲーノは道化らしく黙ってはいられず、妖怪たちに振り回される。
 一方パミーナは、敬愛するザラストロを短剣で殺すよう、夜の女王から命じられる。母への愛と、ザラストロへの敬愛の間で苦悩する。そのうえ、理由はわからないが王子は口をきいてくれない。苦悩するパミーナの若く透明な歌声は、老いて瀕死状態になっている私の体の細胞を揺り動かした。 
 隣の学生も、身を乗り出して盛んに拍手を送っていた。
 舞台が二階建てになり、宮殿の人たちは階上から王子がいくつもの困難な儀式の試練に挑んでいる様子を見下ろしている。これも四面舞台なのだろうか。私は感心しきりであった。
 夜の女王は滅び、王子とパミーナは歓呼に迎えられ、歓(よろこび)の合唱で幕が下りた。
 私は興奮さめやらず、
「秋に、また来ましょうね」
 と、友人に同意を求めたのであった。
 そして、劇場を後にすると、私たち主婦は否応なく現実に戻され、帰途を急ぐのであった。急ぐあまり、電車を間違えて乗車してしまった。途中で気がついて乗り換えたのだが、
「二人で一人前になってしまったわね」
 と、友人と苦笑した。

 翌日、体がとても軽やかで、顔の皺(しわ)も伸びたような気がした。私は夫の顔をのぞきこんで言った。
「また、秋に行ってきますね」
「ああ、行ってらっしゃい。ただし、電車を間違えないようにして、ね」
 二人で笑った。