パンクの修理
                     黒瀬長生

 7月の暑い日であった。車で隣町を走っていると、突然足元でパンパンと異常な音がした。いったい何事が起ったのかと慌ててコンビニの駐車場に車を止めた。
 車の下部を覗いたが、ことさら変わったことはなくタイヤも無傷であった。それにしてもなにか原因があるはずだと、車を1メートルほど前進させて再度タイヤを点検した。すると右の車輪に大きなビン状の物が刺さっていた。ビンの大きさは三センチくらいの丸い頭で針の部分は五ミリほどであった。
 これで異常な音の正体は突き止めたが、刺さったビンの針は余りにも太く、それを取り除けばタイヤの空気は抜けてしまうであろうと思われた。
 そうと判断した以上は、ビンの刺さったままガソリンスタンドまで運転するしかなかった。近くのガソリンスタンドまで4キロほど離れているが、このままじっとしていたのではタイヤの空気は抜けてしまうであろうと、急いで車を動かした。
 スピードを控えめに安全運転で進めたが、気持ちだけは急いでいた。その間もパンパンの音は止むことはなかった。ハンドルを握る手は力が入り汗ばんだ。普段なら十分ほどでガソリンスタンドに着くのだが遥か遠くに感じた。2キロほど走ったときである。今までと違ってガツンガツンと大きな音がした。おそらくビンの頭が取れたのであろうと思われた。そのためか、その後はパンパンの音はしなくなった。もしや、ビンの針だけがタイヤに刺さったまま残って、ガソリンスタンドまで辿り付ければいいがと密かに願った。

 ところが、物事はうまくいかないものである。今度はカタカタという音に替わり、ハンドル操作が難しくなった。右車輪はどうなったのか、その確認のため車を止めるべきか迷ったが、この道路は交通量が多く日陰もない。なんとしても日陰まで走らせようと揺れるハンドルを握り締め、二百メートルほど進んで脇道に車を止めた。
 タイヤを確認すると空気は完全に抜け、ホイルに無残にへばり付いた状態になっていた。さて今後どうすべきか思案した。自分で補助タイヤと交換するのも一つの方法だと、車のトランクを開けてみたが補助タイヤは積んでいなかった。しかたなくガソリンスタンドに電話をかけた。
 ほどなく店員が到着し、パンクしたタイヤを確認しながら携帯用の空気入れで空気を注入したが、いくら空気を入れても音を立てて漏れた。店員も予想していた以上の大きな穴に驚いているようで、「これは圧縮ボンベでは無理です」と呟いた。しかし、私は会話の内容を理解できなかった。
 店員はパンク修理に取り掛かった。タイヤに空気を注入しながら空いた穴に生ゴムを巻き付けた金具を差し込んで、しばらくするとその金具を引き抜いた。これで今まで音を立てて抜けていた空気は見事に止まった。現在のタイヤはチューブレスなので、いとも簡単にパンクの修理ができるものだと感心させられた。
 その後、店員は私の車のトランクから小さなボンベを取り出しながら、「今の新車は、ほとんど補助タイヤは積んでいません。そのためパンクの応急処置に使う圧縮空気の入ったボンベを積んでいます。これをパンクしたタイヤに注入すれば、混入している樹脂が空いた穴をふさいでパンクの修理ができます」と説明してくれた。あわせて、「ただ、今回のような大きな穴は無理です」と付け加えた。
 修理代二千円と出張費千円を支払ったが、自分でパンクの修理をすることを考えれば安いものである。
 かつては路肩でパンク修理をしている車をよく見かけたものである。小さなジャッキで車体を持ち上げて補助タイヤに取り換えている光景を……。ところが、最近は道路状況が良くなりタイヤの質も向上したためか、そんな光景はほとんど見かけなくなった。私も車を運転して五十年ほどになるが、今回が二度めのパンクである。初めてのパンクは三十年も前のことで、不慣れな手つきで補助タイヤを交換した記憶がある。
 だれしもそうかもしれないが、走行中のパンクに遭遇すると、運転中にまたパンクしないかと弱気になって、ついつい路上の落下物に異常なほど神経を尖らせているのだから困ったものである。私の長い経験からしてもパンクしたのは二度だけで、そうそう出合うことはないのだが……。
 車は便利なものである。しかし、パンクは勿論、動かなくなった車ほど哀れなものはない。単なる鉄の塊で役に立たない邪魔物となってしまう。車はスタイルや色合い、車種や排気量の優劣ではない。いずれにしても、思いのまま動くかどうかである。(『早朝のメール』より)