ペットロス
                 石川のり子

 小雨が降っていたが、近くの役所へ行った帰り、少しばかり遠回りをして、利根川の堤防に出た。
 1か月前までは、トイプードルのモモと毎日散歩していた場所である。
 モモが死んでしまって、怒り・悲しみ・後悔の入り混じった複雑な気持ちになっていた私は、胸が苦しくなって思い出のつまった散歩コースが歩けなくなった。わずか4年という短い期間だったのに、一人暮らしの私にはモモはかけがえのない相棒になっていたのだ。
 モモは生まれた神奈川県の相模原から2か月半で我が家に連れてこられて、飼い主の私が唯一の頼りだった。居間でテレビを見ているときは膝に乗り、洗濯物を干すときは二階のベランダで待ち、料理をしているときは私が見える椅子に座った。それが犬の習性なのだろうが、いつも私を意識していた。
 さすが私に用があって出かけるときは、静かに留守番をしたが、帰宅すると気が狂ったのではと心配するほど甘え声で鳴いて喜んだ。私もどんなに疲れていても散歩に連れ出し、ときに下手な歌も小声で聞かせた。この堤防では「犬のおまわりさん」を何度もハミングした。
 モモは真っ黒で縮れ毛をしているが、赤と黄色と緑のチェック柄の洋服がよく似合った。

 雨に濡れた堤防の遊歩道は、360度見渡せるのだが、対岸を車が走っているものの、人も犬も歩いていない。私は内心、犬仲間に出会ったらモモのことを何と話そうかと心配していたのだが、人っ子一人いないと寂しい。
 毎年この時期に土手の草が刈られ、対岸の取手方面の煙突や白い建物が遠くに望める。河川敷に生えている葦は、青々と伸び、こんもりと葉を茂らせた木からは、ウグイスの甲高い鳴き声が響いた。梅雨入りして利根川の水量は増し、雨粒によって川面にさざ波が立っている。ときおり魚が跳ね、それを狙って鳥が低空飛行した。
「もう少し歩こうか……」
 モモが傍にいるような気持ちになって口にした。モモは利口なので、多少は私の言動を理解した。歩調を合わせ、ときどき見上げて、問いかけるような仕草をした。人懐っこい犬で、同じトイプードル犬のミルキーに会うと犬同士の親密さでじゃれ合って、それから飼い主へも近寄って、ご夫婦に頭を撫でてもらっていた。
 いろいろと思い出しながら歩いていると、心の中でモモは生き生きしていた。私の喪失感も薄らいだ。
 空が明るくなって、雲の透き間から光が差してきた。ビニール傘を閉じると、雨は止んでいた。淡い光は対岸の広い土手をやさしく照らし、虹が大きく弧を描き、天に昇る橋のように見えた。眩しくて目を閉じて立っていると、瞼(まぶた)の裏にモモが浮かび、ボールで遊んでいた。モモはボール遊びが大好きだった。投げるとキャッチして一目散に走ってきた。モモは天国でもボールで遊んでいるのだろう。
 動物の天国は、飼い主に愛された動物が走り回ったり、遊んだりできるような公園や小高い丘があるという。食べ物も豊富にあり、飼い主がペットの元気だったころを懐かしむときの姿で遊んでいる。突然、モモが仲間から離れ、緑の草原を駆け抜け、私の胸に飛び込んできた。前足を腕に掛けて、いつもの甘えのポーズをとる。私は抱き上げて、「元気だったの?」と、声をかけた。
 いつ読んだのか忘れてしまったが、作者不詳の散文詩が私の脳裏に浮かんできた。

 ペットロスという言葉を、最近よく耳にする。私の場合は生活に支障を来すほど重症ではないが、気持ちが晴れず、常にモモのことを考えている。もしモモが戻ってきたら、思い切り抱きしめて、「また、仲良く暮らそうよ」と、呼びかけたい。
 モモが我が家にきたのは、4年前のゴールデンウィークだった。甥の家で生まれた4匹の中の1匹で、両親は茶色なのに子どもは黒だった。義兄の家にはオス、我が家には活発なメスだった。体重は3キロ弱で、ほぼ同じだったが、骨格はオスの方がしっかりしていた。

 死に至る原因は何だったのか。私が気づいたのは腹部の湿疹だった。痒がって掻くので、近所の掛かり付けの獣医さんに連れて行った。痒み止めの薬をいただき、注射もした。その後、痒みは止まったのだが、胸の赤みは取れなかったため、再度注射し違う薬が処方された。これで元気になるだろうと思ったのだが、食欲がなくなり、元気もなくなった。すぐに犬仲間から聞いていた規模の大きい動物病院に、連れて行った。
 血液検査をすると、血液を止める血小板がゼロとのことで、胸の赤みは内出血が止まらないためだったらしい。当然血圧は下がり、点滴・輸血を施したが、手遅れだった。延命治療は望まなかったが、とりあえず、モモを預けて帰宅した。病院から夜の10時ごろ、息を引き取りましたと連絡があり、翌朝、姉夫婦と車で遺体を引き取りに行った。
 家に連れ帰り、居間でしばらく思い出を語り合った。そして、モモの好きだったゴムのボールと孫がプレゼントしてくれた犬の縫ぐるみを持って、隣市の動物の葬儀場に向かった。義兄が以前飼っていた犬を埋葬した墓所だった。
 モモは懇ろにお経をあげていただいて、お骨にした。5月24日のよく晴れた日、モモの小さな骨壺は合同の墓地に埋葬された。

 1か月が過ぎ、私は、ようやくモモの死を話せるようになった。