落 花 生   
                   石川のり子


 地元の農協の売店に、殻つきの生(なま)落花生が二袋並べられていた。久しく目にしていなかったので、少々大げさだが懐かしい友人に出会ったような心境になった。大粒の繭の形をした殻入りのビニール袋を片手に取ると、乾燥した落花生とは違って、ずしりと重かった。一キロ三百八十円と黒のマジックで書いてある。犬の散歩中だったが、乾電池を買うのに小銭入れに千円を入れてきたので、二袋とも買った。
 以前住んでいた秦野市(神奈川県)は、落花生の産地だった。秋になると畑に落花生を茎ごと引き抜いて、逆さにして豆を干していた。幼かった娘たちは、落花生が根についているのを不思議がった。私も内心、根につくのは根菜類ばかりだと思っていたので、驚いた。秦野の家は、周囲が畑と水田だったので、家の中にいてもお百姓さんの仕事を見ることが出来た。
 近所の農家のおじいさんが畑で落花生を引き抜いていると、次女は遊んでいても急いで帰り、畑に買いに行く私の後から、大きなビニール袋を持ってついて来た。
 温厚な人柄のおじいさんは、当時何歳くらいだったのだろうか? やや曲がりかけた腰に手を当てて、笑顔で新たに落花生を引き抜いて、逆さにして実のなり具合を確認してから、ビニール袋が一杯になるまで入れてくれた。お金はいくら払ったか忘れてしまったが、地上に出たばかりの落花生は、白くて新鮮だった。
 家族では食べず嫌いの夫以外は、全員が落花生好きで、同居していた伯母も割烹着をつけて、二人の娘と一緒に、実をもぐ係りだった。
 繭の形に張りがあって大きなものは、一株に四、五個しかなかったが、豆は中も小もあって、私はそれらをきれいに洗って、鍋に塩を入れて三十分ほど茹でた。まだ熱い落花生を、大振りの器に盛ってテーブルにのせると、待っていましたとばかりに、手が伸びた。殻が割られ、小さな豆は四人の口に運ばれた。
 茹で落花生にもそれぞれ好みがあって、歯ごたえのある大きな豆は娘たちがお皿にとり、殻の軟らかい未熟なものは伯母がとった。私も、どちらかと言えば、甘味のある未熟の方が好きだった。
 何年か経つうちに、私は庭の一角を菜園にして野菜を作るようになっていた。落花生もおじいさんに教わったように、実のしっかりした落花生を、翌春、二〇粒ほどを菜園の玉葱の間に土を浅く掘って埋めた。玉葱を六月ごろ抜いた後に、落花生が根を伸ばすと聞いたので、収穫してから周囲の土を軟らかくして肥料を施した。
 おじいさんの畑のようにはうまくいかなかったが、毎年黄色の花を咲かせ、地中で実を結んだ。家族で二、三回食べるくらいは収穫した。徐々に蒔く種も数を増やし、落花生も茹でるだけではなく、繭形の殻のしっかりした落花生は、保存用に乾燥させたりもした。
 乾燥させた落花生は、ご飯のおかずとして、煮豆にもピーナッツ味噌にも変身した。我が家では、煮豆は他のインゲン豆などが好まれたため、煮ることはあまりなかったが、ピーナッツ味噌は評判が良かった。油で炒って砂糖と味噌と味醂で味付けをするだけの、料理とは言えないような簡単なものだったが、食が進まないときに作った。

 利根町(茨城県)に引っ越してからは、自分では作らないので、食べるのは隣県の千葉産の落花生である。とくに落花生やナッツ類が好きなので、それの入ったお煎餅やおつまみなどをスーパーでよく買う。
 農協の販売所には地元の野菜が豊富に出荷されるので、車で行くのだが、生で茹でる落花生はなかなか手に入らなかった。
 それが幸運にも犬の散歩で立ち寄ったいつもの販売所で見つけた。後先も考えず二袋も買ってしまったが、帰り道の二キロは重かった。道々、犬に、「一袋にすればよかったわ」と、愚痴った。トイプードルは飼い主のことばを理解したのかしないのか、かえって早足で歩いた。
 帰宅して、まだ水分を含んでいる一袋を広げ、粒ぞろいの大振りの繭形の殻を数えた。五十九個もあった。私の経験からすると、一株に大きな実は四、五個だったから、たぶん品種改良されたのだろう。昔のままなら五株くらいはあるだろう。小粒の売り物にならない実も入れておいてほしかった。それが茹でると甘くて美味しいのを知っているからだ。二袋を茹でるには多過ぎるので、一袋だけ水を入れた鍋に落花生と塩を入れて火にかけた。
 久しく口にしなかった茹で落花生は、あまりにも期待が大きすぎたせいか、以前食べたものより風味が落ちたように感じた。それが品種のせいなのか、私の年齢のせいなのか、はたまた、鮮度さの違いか。かつては畑と直結していて、いちばん美味しいところを食べていたのだから、無理もない。
 もう一袋はザルに広げて外のベランダに干した。

 数日後、長女が六年生の孫を連れてお墓参りにやってきた。一泊すると言うので、ピーナッツ味噌を夕食の一品に加えた。久しぶりに食べた長女は、
「ああ、これ、これだわ。お母さんの味!」
 と、喜んでくれた。私たちのやりとりを黙って聞いていた孫は、大人びた口調で「ママのおふくろの味だね」と言って、一口食べた。