寒 い 朝
                 羽田竹美


 寒に入り、寒さが一段と厳しくなった。朝七時、ガラス戸を開けると冷気が肌を刺す。冬枯れの庭で、小鳥たちがお腹をすかせて餌を待っていた。
 十二月末から野鳥のレストランを開店している。お客はスズメがほとんどだが、今年は冬鳥のシメが久しぶりに現れて毎日餌台に来てくれる。
 冷たい北風が吹きつけると頬がピリピリする。この風は体感温度を下げるのだという。少し離れたところにある銀杏の高い梢にとまっている小鳥たちは羽をふくらませて寒さに耐えている。小鳥たちのために用意してある水飲み場もカチンコチンに凍っている。私は霜柱を踏みしめながら餌台にヒマワリの種を入れ、「転ばないように」と、呪文のように唱えながら杖をついて、落ちているリンゴを籠に入れ、食べやすいような枝に新しいリンゴを刺して歩く。
 家に入ると、待っていたように小鳥たちは餌台に群がる。それをリビングのガラス戸から観察するのは楽しい。仲良く食べていると思っていると、突然喧嘩が始まる。どこの世界にも弱肉強食があるのだろう。競いの中で羽ばたくカワラヒワの羽の黄色が目立っている。東京にスズメが減ったと何かの本で読んだが、このレストランに集まるスズメは日毎に増えており、みんな丸々と太っている。
 それにしてもこの寒さが歳を重ねる度に私の体に厳しく感じるようになっているのは事実のようだ。膝に痛みが出ているが、やはり寒さのせいなのかもしれない。近くにある高校の女の子たちが短いスカートで歩いているのを見ると、やはり若さなのだなぁと昔を思い出す。
 私が大学受験のときの一月二月も寒かった。十二月のクリスマス前に虫垂炎になり、とことん我慢していたために悪化し、もう少しで腹膜炎になるところだった。入院も長かったし、退院後もお腹にガーゼを詰めて通院していた。当然勉強するのは無理であったので焦りで絶望感に打ちひしがれていた。それでも松の内が過ぎてしばらくすると、何とか外出ができるようになった。寒風の中、朝の七時半に家を出て図書館に向かった。遅れを取り戻すための最後の追い込みであった。そこで同じクラスの受験する友達に偶然会って励みになった。
 北風の冷たさも苦にならなかったのは無我夢中だったからだろう。
 二十分ほど歩いて図書館に着くと、もう四、五人並んでいる。十人以内に入れればよい席が確保できる。早足で歩いてきたので体はポカポカしていた。九時の開館から夜八時の閉館までほとんど毎日のように通った。雨の日も雪の日も・・・。一つの目標があれば寒さなんかなんとも思わなかったのだろう。
 とにかく大学には行きたかった。股関節を手術してよくなったとは言え、いつ又壊れるかわからない。こんな私を結婚相手に選ぶ人はいないのではないか。それならば私でもできる仕事をみつけて自立しなければならない。大学受験は私にとって必死だったのである。
 もう一つには、
「女には学問はいらない。生意気になるだけだ。結婚に邪魔になる」
 という封建的な父に反抗していたからであった。
 父に内緒で勉強し、みつかると怒られながらも、何が何でも大学に行ってやるという強い気持ちが、朝の寒さや帰る夜道の冷たさに我慢できる力を培っていたのかもしれない。
 結婚できないと思っていた私が卒業後、やさしい夫と巡り会い、お互い障害者ということで心が通じて結婚に踏み切れたのであった。
 新婚の冬のある日、雨戸を開けた夫が、
「おーい竹美―、おきまどわせる白菊の花だよー」
 と、叫んだ。
 私がとんでいってみると、庭の枯れた草には白い霜がつき、土には霜柱が立っていた。
「こころあてに折らばや折らむ初霜の おき惑わせる白菊の花」
 という百人一首からである。
 私は白い息を吐きながら、同じ感覚を持てるこの人と結婚できてよかったと、しみじみ思ったのだった。

      ○

 水飲み場に来たスズメが氷をつついている。しかし、硬い氷はびくともしない。私は杖を持って再び庭に下り、氷を取り除いてきれいな水を入れてやった。昼間、少し暖かくなると、小鳥たちがここで水を飲み、水浴びをするのである。
 一番寒い季節、何もかも眠っていると思っていたが、ロウバイは黄色い花を咲かせてあたりに香りを漂わせている。寒椿も紅い花で殺風景な庭を飾ってくれていた。鉢に植えてある西洋桜草のマラコイディスにも小さな蕾が出てきていた。枯れた枝のように見えていた梅の木にも粟粒のような紅い花芽がたくさんついている。
 寒風の中に春を待つ。人生にも同じようなことが言えるのではないかと、自然に教えられた寒い朝であった。
 冬来たりなば春遠からじ。