サプライズ
                  羽田竹美


 以前上梓した随筆集に、腹話術で老人施設を訪れているという話を書いた。
 開ちゃんという男の子が私の相棒で小学校一年生という設定である。私は「開ちゃんと仲間たち」という会を作って、いろいろな老人施設を訪れて、
「私は開ちゃんのお母さんです。今日も元気な開ちゃんが来ています」
 と、自己紹介をするのである。
 昨年(平成二十三年)の十二月、クリスマスも間近なので、開ちゃんにサンタクロースの服装をさせ、サンタネタで二十分やることにしていた。その日の「開ちゃんと仲間たち」のメンバーは、音楽担当のMさん、紙芝居と声出し担当のKさん、それにまだ入会して間もないが、マジックで一躍人気者になったSさんの四人であった。
 ロビーに集合して始まる時間までの間、待機していた。そろそろ行こうと腰を上げたとき、
「少しお待ちください」
 と、職員の方が言いに来て、
「あら、今日はまだ準備が出来ていないのかな」
 と、いぶかしく思った。
「どうぞー」の声でお部屋に入ると、大きな横長のダンボールに「『開ちゃんと仲間たち』の皆さん 十年間ありがとう!」と、書いてあるのを掲げて二十人ほどのお年寄りたちが声を合わせて、「十年間、ありがとうー」と、笑顔であった。どの顔もきらきらと光を放っているようだった。
 突然のことで、驚きながら、
「わぁー、ありがとうございます」
 将にサプライズ! 感激の一瞬だった。
 そうなのだ。平成十三年に初めて訪問したときから、もう十年経っていたのだ。
 立派な感謝状をいただいた。手作りのメダルを首にひとりひとりかけてもらって、うれしいやら照れくさいやらであった。もちろん私の息子の開ちゃんは真っ先にかけてもらっていた。
 十年前、腹話術のお教室に入ってまだ一年も経っていないのに、お年寄りの前で開ちゃんに『きよしこの夜』を歌わせたのだった。それが大うけに受けて、お年寄りたちから「開ちゃん、開ちゃん」と可愛がっていただいている。あんなに下手な腹話術だったのに、皆さんが喜んでくださるのが励みになり、練習に練習を重ね、十年はあっという間に過ぎたような気がする。
 一時間の持ち時間の中でそれぞれの人が演じた最後に、私が開ちゃんを連れて皆さんの間を回る。開ちゃんが胸に付けてあるネームを見ながらお名前を呼んで話しかけると、お年寄りの顔がぱっと輝いて、「かわいいねぇ」と、開ちゃんを抱きしめてくださる。「孫がきてくれた」と泣きだす人もいる。
「今日のお洋服よく似合うわよ」「帽子がかわいいわ」「握手して」「風邪ひかないようにね」。そして、あるときには英語で、あるときにはドイツ語であいさつされる。私は「えっ?」と、咄嗟(とっさ)に頭を混乱させながら、昔大学時代に覚えた言葉をひっぱりだして応える。これは大変だ、これからは中国語や韓国語、イタリア語などのあいさつも覚えておく必要があるかもしれない。
 毎月第四金曜にデイケアの方たちのために来ているこの施設は十年の間に利用者さんがかなりの速度で変わっていった。はっきりした声で開ちゃんに話しかけていた方が急にお姿が見えなくなる。それでも施設側からは「『開ちゃんと仲間たち』の皆さんがきてくださるようになってから利用者さんの笑顔が増えました」と言われてうれしくなった。たしかに皆さんの声は大きくなり、顔に元気がみなぎってきている。
 開ちゃんと話したくてあちこちから声が飛ぶ。こちらはアドリブで応えるのだが、あんまり大勢だと私の持ち時間がオーバーしてしまう。
 そんなときには開ちゃんに、
「みんな、ちょっと待って、ボクの持ち時間があるからね。先に進ませてね」
と、長い睫毛の大きな目をゆっくりとまばたきして言わせる。このまばたきはとても効果がある。
 ひとりひとりの間を回るときにこれを上手く使うと「なんてかわいいんでしょう」と、目を丸くされたり、「連れて帰りたい」と、ほっぺを両手ではさんで言ってくれたりする。 
 月に二〜五回、毎回開ちゃんの衣装と出し物を変えながら一年一年が過ぎていったのだ。ほとんどが世田谷区内の施設だが、この十年の間には、父が通っていた杉並のデイケアや、初めのころだったが、私一人で横浜の藤が丘にある老人施設に出かけたこともあった。
 何年も同じところに行っていると、職員の方たちとのコミュニケーションが深まり、気持ちよく活動させていただける。二か月に一回行くところや半年に一回くらいの頻度で行くところのスケジュールはすべて私が作り、各施設への交渉などマネージャーとしての仕事もする。マネージャー兼、プロデューサー兼、司会兼、腹話術師と一人で何役もこなしながら十年過ぎたのだ。
 メンバーにもかなりの変動があった。あるときには急にやめられて一時間を持たせるのに四苦八苦してしまった。腹話術のほかに歌の担当、声だし、それでも時間が埋まらなくてマジックを習いに行って、下手なマジックでなんとか急場をしのいだ。
 そんな苦労もあったけれど、「開ちゃんと仲間たち」が続けられたのはメンバーの皆さんの支えがあったからだと感謝している。足の不自由な私一人では到底続けられなかっただろう。開ちゃんを入れるカートや腹話術のときに開ちゃんを座らせるスタンドは重い。メンバーの誰かが運んでくれるし、終わった後の片付けもやってくれる。
 メンバーの中には病気になってしばらく休養する人も出た。その穴埋めに私の姉にピアノ演奏を頼んだ。ピアノがある施設ではお年寄りたちが生演奏をとても喜んでくれた。昨年から新しい活動場所が増え、新しいメンバーも加わり、「もう年だから」としり込みする姉を拝み倒して参加してもらっている。
 今後いつまで続けられるかわからないが、昨年の暮れにいただいた感謝状とメダルを新たなエネルギーとして、活動する心を燃え立たせていきたい。