身辺整理            
           中井和子

 私の同級生で、几(き)帳面な性格の友人がいる。電話などで、ときどきこぼすのだった。
「身辺整理をしなければと、いつも思いながら、なかなか進まないのよ。子どもたちに迷惑をかけたくない、と思っているのでね」
 と、気がもめる風だ。
 斉藤茂太著の『老いへの{身辺整理}』の中にも、
『身辺整理は、残された人にできるだけ迷惑をかけないようにするという礼儀である』『身辺整理によって、なるべく未練を残さないで、安らかな人生の幕引きを迎えられるように生きるということである』とあった。
 困った。何事にもちゃらんぽらんな私にはできそうもない。子どもたちにも迷惑をかけそうだ。
 そして、
『モノにアイデンティティ(主体性)が付着していたら、とても整理などできないし、また、このモノには思いが詰まっているので行く末が心配で死ぬに死ねないということもある』
 と、記されている。
 私には、さっぱりと身辺を整理して、最後の日を待っているというのは、なにやら切なく、物寂しく感じられるのだが。
 私の身の回りのモノは趣味に身を入れて買い求めた品とは異なる。
 なぜなら、旅先で手に入れた品に目をやると、そのときの店員とのやりとりや、周囲の情景までもがよみがえってくる。また、親しい友人たちの贈り物の品などは、優しい笑顔やことばで語りかけてくる。眺めていると私の心が綻(ほころ)んでくる。
 たくさんの旅のアルバムも、老いて、外出もままならなくなった、その日のためだ。開けばその写真の日時にタイムスリップできるようにと、おすまし顔の記念写真ではなく、スナップショットが殆(ほと)んどである。それらを眺めていると話し声まで聞こえてくる。処分などできない。そして、慣れ親しんだモノたちに囲まれて最後までいたい、と思う。
 私は、物資も食料もない戦中、戦後を過ごしてきた年齢であるからかもしれない。廃物利用の、もったいない思考が身についていて、これは何かに利用できるかもしれないと、簡単にはモノを捨てられないのだ。モノを捨て整理するという『りりしさ』が、私にはない。
 そのうえ、傘寿の坂を越すと、身体が思うように動かなくなり、整理すること自体、無理にもなってきた。それゆえ、今となっては、もう、このままでいいと開き直っている。それと同時に、私は優柔不断で、もとより整理能力のない人間であると自覚してもいる。
 また、着るものにしても、スタイル雑誌を開いてみると、
《老年の人たちが上等な生地だからといって、流行遅れの服をいつまでも着ている。そのような着方はおしゃれではない。古いものは捨てて新しくしておしゃれになろう。》
 と、書いてあった。「私のことかしら?」と、私は雑誌を手に、思わず苦笑したのであった。
 残念ながら、老女の私をおしゃれにしてくれる服などは売っていないので、と、私は言い訳をひとりごちる。
 ある日、同年代の友人が照れたように小さく笑いながら話した。
「私は、デパートでね、また素敵な瀬戸物が目に付いて買ってきてしまったの」
「いいじゃありませんか。好きな器を手にすると気持ちが豊かになって……」
 私は同感で、深く頷(うなず)いたのであった。
 そして、
「いまの世の中、盛んに『身辺整理』が叫ばれているのですもの、ねえ……」
 と、二人で顔を見合せ、苦笑した。

 私は息子に、身辺整理をしないつもりだという気持ちを伝えた。息子は、
「それで、いいよ」
 と、言ってくれた。
 後始末がたいへんであったら、古い家ごと潰してもいい。そのくらいの費用は残していこう。
 さて、モノの整理の件については、一件落着したが、傘寿の坂を越えてしまって、私の人生の終点も見えるようになってきた。次の課題は、その終生の生き方である。
 六十年連れ添ってきた夫は、最近目に見えて体力が落ちてきた。身の回りのこともおっくうになってきたようで、その夫を残して私が先に逝(ゆ)くことはできない。夫より少し長生きをして看(み)取りたい、という思いでいる。それまで、私は健康でいなければならない。
 そして、やがて私自身も病気や、あるいは身体が不自由になり、そして、介護を受ける身になるかもしれない。そのときは、斉藤茂太氏のおっしゃるように、素直に、感謝の気持ちを忘れない老人になろう。そして、できるだけ長生きをしない。
 そのように、私の終わりの人生を考えている。もちろん、その通りにいくかどうかはわからない。ただ、心構えだけは持していこう。