書 道           
                羽田 竹美

「先日行われた東京都私学書道大会におきまして我が校の生徒が入賞しました」
 朝礼のとき、教頭先生から発表があり、銀賞に入賞したのは私であった。
 中等科3年生のときである。学校からの代表で中等科高等科それぞれ3名ずつ大会に出場した。姉は高等科から選ばれ、姉妹での出場であった。会場になった学校では、東京中から集まった生徒たちがいくつかの教室に分かれて題に出された漢字を書いた。
 小学校1年生のときから習字を習っていたとはいえ、こんな大きな大会に出たのは初めてであったので、無我夢中で書き終えた。みんな私より上手に思えて場違いの所に来たようであった。それなのに銀賞で私の名前が呼ばれてただただ驚きであった。どんな顔をしてよいかわからず下を向いていた。次に高等科で姉が呼ばれたのである。私より1ランク下の銅賞であった。姉はさぞ悔しい思いをしているだろう。なんで私の方が上なのか、逆さだったらよかったのにという思いで喜べなかった。母が喜んでくれているのに私は仏頂面をして姉を盗み見していた。姉は悔しさを微塵も出さなかったから今思うと、私のひとり相撲だったのかもしれない。しかし、あのとき喜びを母の前でも出せなかったもどかしさは、50年以上経った今でも心の隅に残っている。
 高校のとき習っている習字をやめて、受験やら結婚、子育てやらで、ずっと書道から遠ざかっていた。でも頭の片隅には毛筆の魅力が消されずにいたのだろう。
 51歳のときに夫が他界して頼るものがなくなった。しばらくして私はカトリック教会に導かれて洗礼を受けた。主任司祭のお部屋に毛筆で書かれた額がかかっている。なんて美しい文字なのだろう。私は息をのんだ。仮名文字は聖書に書かれた文章であろうと辛うじて読めた。こんな文字が書けたらどんなによいだろう。私は仮名文字の魅力に引き込まれていった。
 教えてくれるところを探したが、なかなか場所や日にちに合う先生が見つからない。それから何年か経って世田谷区の区報に車で行かれるところに書道教室のお誘いが出ていた。早速電話すると、女性の先生で感じのいい方であった。たいがいのお教室は、本に出ているお手本を練習して本部に送り、審査された級から徐々に上がって段になり、師範になるというのが常である。書道で段などというと、「おおーすごい」となる。けれど、私は、級とか段はいらない。ただ聖書の聖句を書きたかった。それを先生にお話しすると、
「いいですよ。そういう目的がしっかりしているのでしたら、競書に出さなくてもかまいませんよ」
 と、言ってくださった。
 月二回の夜7時から8時までのお教室に車で出かけることになった。
 ところが、場所が二階でかなり急な階段である。硯(すずり)や文鎮など重い荷物を持って上がるのは大変である。すると先生が、
「この階段は大変だわ。私が持ってあげるわよ」
 私の荷物を持って、
「先に行ってるわよー」
 と、さっさと上がっていってしまった。
 駐車するスペースも空けてくれるように頼んでくださったのでそこで毎週、先生が来られるのを待っている。
 やはり誰かに助けてもらわなければ何もできない。このお教室に入れたことに感謝し、何とか仮名文字を書けるようになって、聖句を色紙や葉書に書いてみたいと、胸を膨らませた。生徒さんたちはみんないい方ばかりで、帰りは私の荷物を持って階段を下りてくださるようになった。女性ばかり五人、師範級の方からまだ初めてという方までおしゃべりをしながら楽しい雰囲気で書いている。初歩の私は変体仮名の練習に百人一首を書いている。変体仮名は漢字から出来たものなので、漢字からこのように崩してこの仮名になるというのを覚えるだけでも難しい。ひとつひとつ丁寧に教えていただけるので、とても勉強になる。改めて、日本語の漢字から生まれた仮名の成り立ちに歴史を感じ、それを美しい文字にした日本人の偉大さに圧倒される。
 書道をやり始めてから、カトリックの敬書というものをやってみようと思った。仏教でいう写経である。お祈りを筆で書くものであるが、お祈りして心を清め、一字一字祈りを込めて書いていく。毎日続けようと心に誓い、今年の五月で三年目になる。一か月書き終わると岐阜のカトリック書人協会に送る。司教様が年に何回かまとめてミサを捧げて東日本大震災復興のために祈ってくださる。たくさんの人たちの祈りが敬書によって届けばよいと願っている。
 今年、春の兆しが見え始めたころ、先生から、
「カトリックの競書大会があるって以前言ってたけど今年出してみたら?」
 と、言われた。以前にそんな話をしたことがあったが、全国の先生級の人が出品するところに、まだ下手な私が出してもだめなことはわかっている。
「いえ、無理です。まだうまく書けませんから」
「でもダメもとで出してみるのも勉強になるのよ。何を書きたいか一応書いてきて」
 今年は無理でも何年か後に少し上手になったら出してみようかと書きたい聖句をいくつか差し上げておいた。
 それが先日先生から漢字のくずしと変体仮名で書いた立派なお手本をいただいた。到底私に書けるものではない。どうしようと溜息をつきながら毎日出して練習している。
 締め切りの日まで、まだ十分日にちはある。