書斎を探して   
                     柏木 亜希

 いろいろ勉強をしたいと思っても、私は集中力がない。
 家にいても近所の物音やセールスの到来に気がめいる。そんなわけで家の外に書斎を探して歩くことが多い。
 だが、どんな喫茶店や図書館に行っても何か自分がむき出しのままさらされているようで、落ちつけない。気のせいと思うのだが、何か聴こえない音が聴こえるような感じがしてうるさいのだ。耳栓まで買ってみたが意味をなさなかった。私は何の音を聴いてしまっているのだろう。長い間、疑問であった。当然、私の書斎探しの放浪も続いた。何がこんなにうるさいのか。原因が幽かすぎてわからない。何かを考えようとしてもすぐに頭の中がルーレットのように回転して、思考は落としたケーキ同然になる。
 それがある日、その疑問の答えがわかるときが来た。
 東京都心の住いから離れてひととき、地方にある里山を散策していたときのことだった。
 春の花、桜にレンギョウ、ハナモモ、菜の花……。土の上を踏み、それらの花がすそを開いて作ってくれたような小道を歩いていた。そのうちに、あっ! あのいつものうるさい音がしない、と気づいた。もちろん、周囲には人もたくさん歩いており話し声や人の気配もするのだが、東京にいるときのあのうるさい音がしない。ここまでは都心の『聴こえないうるさい音』も届かないのだ。何だか私は静かな時というものを、久しぶりに体にしみていくのを味わっていた。


 東京にもどると、またいつも通りに聴こえない音の牢獄があり、神経をとがらせていた。だが、このうるさい音のない音の正体が何となくわかった気がした。耳をふさいでも都心に響きわたる、私が聴こえない音と表現したもの。それは、忙しく都心にあえいで密集して生きている人間の、想念の発する騒音だったのではと思いあたった。変な考えだが、そう納得していた。こんなに長い間、どうして気づかなかったのだろう。
 実はこの答えにたどりつくのにも段階が必要であった。都心はとにかく、自然の気に満ちた場所が少ない。だから自然らしいものに触れるために、私は代々木にある明治神宮外苑に行くことがある。そこには沼のような池や清正の井といわれる泉がある。五月には菖蒲の花の水畑が美しい。私は幼いころから折に触れては母にここに連れられてきた。当時は菖蒲の花の藍も、外苑の森もじっとりと重苦しく感じられて好きではなかった。帰りには、神の神気のようなものにどっと疲れ切っていたものだ。
 外苑は清正の井の周囲に人工的に作られている。だが、たくさんの木々が茂ることにより外苑は全体を一個の生命に持つ森へと生長したらしい。そして先日、私は子どものころの母との思い出をたぐりつつ、少しさみしい気分も心に転がせながら外苑の清正の井への小道を行った。外苑西端のその井は、今も涸(か)れずに静かにあふれていた。泉の水は丸い木枠の底から出ている。その丸い水面の中には周囲の木立の葉影や空の青、日の光が、風にからめとられて映り込んでいる。そばに立つと泉から、私の手足や体の中までしびれるような清冽な電気のようなものが伝わってくる。しばらく居たが体が冷えてきたので、泉の写真を撮って帰った。
 その数日後のこと、泉の写真を見つめていると、水の輝きが耳には聴こえない音を奏でていることに気づいた。聴こえないのだが、確かに第六音階のラ音がしていた。ああ、そうか。古(いにしえ)の詩に、水が歌うとあったのは本当だったか。
 この自分の想像の中での事実を通して、私はようやく、前出の都心の聴こえない音の正体をイメージできたのだった。

 外苑の泉は気持ち良かったが、そこに住めはしない。あれ以後も家の近くに落ちつける場所を探した。だがあいかわらず書斎にふさわしい所はなく、頭の中には騒がしい人の念のエコー音らしきものがしていた。失望しつつ近所を歩いていた。
 いつもは足が向かない方へたまたま行くと、小さいころ遊びに来た覚えのある児童公園にたどりついた。昔あった様々な遊具はなくなっていた。だが、昔からあったイチョウの木が太く生長して木の先端は見えないくらい高々と聳えていた。緑色の星をたくさん揺らすかのような新緑の木陰に、木製のテーブルとベンチがあった。ベンチに腰かけると、すぐそばのイチョウの幹のシワの間からほの温かい気が感じられた。呼吸が楽になり、不思議とあのいつものうるさい音が、そこでは遮断されていた。
 こんなに近くに長い間探していたものがあったのだ。イチョウの若葉のベェール越しに、細かなミントブルーの高い空があった。
 ハトの鳴き声も羽音も、子どもらの騒ぐ声も気持ちよかった。ようやく、私の書斎を見つけた。