主婦あずかります
        角 千鶴


 その日、浜松町駅から羽田空港へ向かうモノレールは、春休み中のせいか、早朝にもかかわらず若い人で込みあっていた。
 一台見送るほど時間に余裕がなかった私は、座るのをあきらめて、揺られながら窓際に立っていた。
 早起きの苦手な私にとって、原宿の一番電車に乗るための四時起きは、きつかった。五時過ぎの、ぼんやりした頭で、明けてゆく東京湾を眺めていたが、体のほうは、しきりと暖かい布団にもぐりたがっていた。
 岩国の家に着いたら、ひとねむりしよう。幸い、夫は会合があり、夕食の支度はいらない。朝食兼用にと、〈あなご鮨〉を広島駅で求めた。
 家に着いたのは十一時。荷物を置き、ひと息入れようとしたのだが、突然、私の体に嵐がふきまくりはじめた。
 あわてて床をのべ、体を横にした。道々、楽しみにしていた布団だったが、まどろむどころではない。食あたりするようなものは口にした覚えがないから、今年はやっているという三つの型の流感のひとつだろうか。
 夜になって熱が出た。
 英国では、風邪をひいた主婦を、三日間あずかってくれる病院があるという話を、聞いたことがある。私は寝心地の悪い布団の中で体をもてあましながら、日本にもそういう場所があるといいな、などと考えた。
 翌日は日曜日だった。なんとか嵐はおさまったようだ。だが、台風一過というほどすっきりした気分ではなかった。床を敷いたまま、一日ぶらぶらしていた。
 夕方、夫は散髪にいくと言って外出した。
 主婦としてお粗末だらけの私に、夫は、おおかたの場合寛大である。しかし、彼は、私が伏すことに対しては、ひどくよわいようだ。私が、どこか具合が悪いというと、「大丈夫か、大丈夫か」と、さかんに心配してはくれるものの、寝こまれるのはおことわりというそぶりがみえる。
 いつでも私が元気で、にこにこしていることを望む夫の気持ちはよくわかる。なにしろ、我が家は、私がひとたび伏せると、即機能が停止してしまうのだ。たとえ駄目主婦であっても、元気でいさえすればという気持ちが、私の健康を支えてきたのかもしれない。
 風邪をひいて寝こんだら、ご主人が甲斐甲斐しく家事の肩がわりをしてくれたと、うれしそうに話す友人が、ちょっぴり羨ましいけれど、ないものねだりはすまい。友人に言わせると、私の亭主教育が下手だったのだから、自業自得だそうである。

 外出していた夫が、七時過ぎてから、両手にいっぱいふくらんだスーパーの袋をさげてもどって来た。そして、こう言った。
「いま僕が、腕をふるってオムレツを作ってあげるからね。君は寝ていなさい」
 きのうの今日だから、私の胃の腑(ふ)はお粥を欲していたのだが、せっかくの夫の好意を無にするわけにはいかなかった。それに、何よりうれしかった。
 夫のことばに甘え、さて横になったのだが、「えーと、肉はなんでいためるんだっけ」と、さっそく声がかかった。指南役は、やはり寝ているわけにはいかないようだ。夫は悪戦苦闘していたようだが、どうやらできあがった。 
 ふんわりと仕上がったオムレツの、レモンの色が食欲をそそる。
「どうだい、おいしいだろう。僕だって、なかなかの腕だろう」
 夫は、満足そうに自信作を口に運んでいた。
「おいしいわ。これからもよろしくね」
 私は、笑いながら頭を下げた。
 夫が台所でお皿を洗う音を、私は床の中で聞いていた。

 いつもは寝つきの悪い夫だが、その夜は床につくや、軽い寝息をたてはじめた。よほど疲れたのだろう。気の毒に―。
 私は闇の中で、夫の寝息を聞きながら、こんなことを考えていた。
 主婦業は、三食昼寝つきだと殿方はおっしゃる。しかし、この年じゅう無給の主婦業には停年がないのだ。昔と違い、子どもたちの世話になれないとすると、引退もない。
 そこで主婦がいつも、そしていつまでも家の中の太陽であるためのひとつの提案―。風邪を引いた主婦を、あるいは疲労のたまった主婦を、一年に三日に限りいつでも飛び込めて、かくまってくれるかけこみ寺ならぬかけこみ休養所ができないものだろうか。主婦代行は苦手な殿方も、三日間自分自身の面倒をみることぐらいならできるだろうから。
 もし、保険会社が主婦をあずかるために、病院のベッドを確保してくれるとか、あるいはそんな施設を提供してくれるというのなら、保険ぎらいの私でも、一も二もなく加入するのだけれど。
 亭主教育をしそこねた主婦のたわごとである。