スーダンへ
             福谷美那子
 突然電話がなった。
 受話器から安西先生のお声が聞こえてきた。
「頂いたあなたのお手紙がなんだか寂しそうで……なにかあったのかしらと、気になってしまって電話したのですよ」
 いつもと変わらず、澄んだきれいなお声である。
「実は長男がスーダンにいってしまったのです」
「スーダンへ?」
「はい、派遣医としてーー」
「奥さんや子どもさんたちはどうされたの?」
「日本においていきました。連れていけないですからね」
 ここまでいっきに話したとき、悲しみがどっと押し寄せて、先に進めなかった。
 いざとなると、母親とは、こんなにも意気地がなく、ひるんでしまうものかと、あらためて自分に失望した。
 揺れ動く心を沈めて考えていくと、さまざまのことが浮かび上がってきた。
 遠い昔、長男(竜太)がもの心ついたとき、(さて何歳のときであったろう)
「ママ、日本でいちばん偉い人はだれ?」と、しつこく聞いたことがあった。
「そうだねぇ、いちばん偉い人? 総理大臣かねぇ」 と答えると、目を丸くして、
「ぼく、大きくなったらそうりだんじんになる」
 と、得意気に胸をはった。母親を喜ばせたかったのかもしれない。
 偉い人は「総理大臣」と知ってから、なぜか私が不機嫌になると、竜太は「ぼく、大きくなったらそうりだんじんになるね」と、私の顔を覗きにきた。
「だいじん」と言えず「だんじん」と発音するのがおかしかった。
 母親とは「子どもが健康であればそれで良し」と思っているだけに、その一言はうれしかった。

 彼がスーダンへ出発してしばらく時間がたつにつれ、じわりじわりと寂しさが私を襲った。泣いてはいけない。彼は、今の時間を逃したらもう、チャンスがないのかもしれないのだ。
 出発する短い時間、我が家へ立ち寄った息子に、翻ったように私は努めて陽気に話し続けた。
「ことばが通じないでしょう? どうするの」
「それがさぁ、不思議なもので医者だからかな、体のことだと、通じるのさ」
 事もなげに彼は言っていたのだがーー。
 私はとりとめもなく不安で落ち着かない日々が続いている。
 何かでこの重さを紛らわしたい。
 思い立って昔の子どもたちのものを整理してみた。すると、小学校のときの通信簿や絵、工作が出てきた。
 通信簿は図工だけ「A」で、他は「B」である。
 色々と問題を抱えていたが、子どもが小さかったときの方が、夢があって、私はずっと幸せだった。
「ママ大好き、ママみたいな人お嫁さんにもらいたいなぁ」
 思い返してみると、こんな殺し文句に励まされて、ほのかな自信に酔っていた自分が滑稽になってくる。
 私が沈んでいるせいか、かたわらの夫が突然、
「竜太はお母さんが好きなんだなぁ!」
 と、言った。そのことばにわけもなく涙が流れ、私はその場を離れた。
 三日ほどして彼から「無事にスーダンに着いた」と、短いメールが届いた。
「心配していたのよ。なにより」
 私は簡単に返信した。母として訊ねたい事はたくさんあったのだが、ことばにならなかった。
 スーダンは毎日、気温が高くて大変であろう。食べ物は?
 いや、お腹がすけばなんでもおいしいに違いない。行きつ戻りつ心に浮かぶ息子への思いを、私は整理することが出来ないでいる。
 ひたすら神に祈りながら今日一日を過ごしている。