「多聞」という言葉
                  羽田竹美


 息子二人の卒業した小学校は世田谷区立の多聞小学校だった。
 先日次男が仲良しだった0君のお母さんが、
「なぜ、多聞小学校という名前なのでしょうね」
 と言い、続けて、
「多聞という言葉は、上から大きな力を与えるという意味があるって聞いたことがあるけれど、それなのかしらね」
 と言った。
 果たしてそのような意味なのだろうかと、私は考えこんだ。たしかに小学校は高台に建てられていて、丘の学校と言われている。
 昔、小学校がまだ建てられる前、丘の裾に多聞寺というお寺があったが、火事で焼けてしまい廃寺になったという言い伝えを聞いた。
 今、遊歩道になっているところにその当時川が流れていて、多聞寺橋がかかっていたという。橋の名前は今も残っている。多聞小学校の多聞は多聞寺の名残なのかもしれない。
 多聞という言葉をはじめて耳にしたのは、幼いとき近所にこの名の男の子がいたのである。時代劇を見ると、よくこの名前の武士が出てくるから古風な名前なのだろう。 幼いときにはなぜこんな名前の子がいるのかと不思議でならなかった。だが、今考えるとなかなか立派な名前だなぁと思う。終戦後に小さな男の子だった多聞君はお元気なら今、六十代のおじさんになっているはずだが、名前に負けない人になっているだろうか。
 結婚してこの世田谷に住み、長男が生まれたとき、羽田の母は信心深い人でよくお寺参りの帰りに我が家に来ていた。長男がよく手を合わせるしぐさをしているのを見て、
「この子は信心深い人になりますよ」
 と、目を細めていた。
 義父の妹の義叔母も信心深くふたりで仏様のことを話していたので、長男は「のんのんさん」(仏像)が大好きになった。とくに、夫の本棚にある「日本の美術」(平凡社)が大好きで毎日引っ張り出してながめては、
「これはぁ?」
「これはぁ?」
 と、質問するのだった。その度に、
「これは大仏さま」
「これは不動明王」
 と教えなければならない。
 三歳ぐらいになって言葉がしゃべれるようになると、義叔母から教えてもらったお地蔵さま、お稲荷さん、不動明王のお題目をすっかり覚えてしまった。散歩していてお地蔵さまやお稲荷さんがあると必ず立ち止まり、お題目を大きな声で唱えていた。 とくに長男の守護神が不動明王だと教えられると、この仏さまが大好きになった。道を歩いていて偶然見つけた不動明王の前で「ノーマクサンマンダーバーサラダー・・・」という長いお題目を唱えていた。 そこが昔、多聞寺のあった場所だと後になってわかったのだが、この石で彫られた不動明王はもしかしたら多聞寺の境内に安置されていたのかもしれない。 この近くの幼稚園に入りたいと言ってお寺の幼稚園に入った長男だったが、その後多聞小学校を卒業したのも何かの縁を感ぜずにはいられない。
 みんなに祝福されて生まれた長女の佐保が難病で亡くなった後、私たち夫婦は五歳になった長男を連れて奈良を旅した。佐保の名は、万葉集の、
  うちのぼる佐保の河原の青柳は
      今は春べとなりにけるかも
 の歌からもらったものだった。春の女神の佐保姫であるが、奈良には佐保道(じ)があり、佐保川が流れていた。
 私たちは早春の佐保道を歩き、奈良のたくさんのお寺に立ち寄った。
 中でも、私たち夫婦が一番好きな場所は大仏殿の裏手にある戒壇院だった。ここには四天王という仏像がある。わが国の仏教ではこの四天王信仰が大きく広まって奈良時代にはこれを本尊とした四天王寺や西大寺が建てられた。東大寺の三月堂にもあるが、この戒壇院の四天王の像を、私たちは仏教美術の中では名作中の名作だと思っていたのだ。
 四天王は四つの方角の守護神であるといわれている。東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天である。やさしいお顔の仏像より強そうな仏像の方が好きな長男は四天王がすっかり気に入ってしまった。
 持国天と増長天は怒りをあらわにしていて動的であり、広目天と多聞天は内に秘めて静的である。いずれも鎧をまとった武神であるが、それぞれがユーモラスな天邪鬼を踏みつけているのもおもしろい。
 十数年前に結婚してこの家を出ていった長男の部屋に入ると、四天王の写真が壁に貼ってあった。真正面は多宝塔を高くかかげた戒壇院の多聞天である。長いこと経っているので古ぼけて色も褪せている。長男はこれを見ながら受験勉強し、就職して結婚するまで何かの力をもらっていたのかもしれない。
 多聞という本当の意味を知りたくて国語大辞典(小学館)で引いてみると、『仏教の教えを多く聞き心にとどめておくこと』とある。となると、丘の学校といわれた多聞小学校の名前の由来は言い伝えのある多聞寺の多聞からもらったとも言えるが、広い意味から仏教の教えだけではなく、学問を多く学び、心にとどめおく意味でもあるのではないだろうか。それに加え、教師がよりよい教育を与える場所という意味も含んでいるのかもしれない。
 0君のお母さんの一言で、こんなにたくさんの思い出にひたり、いろいろなことを思い巡らし、私なりの多聞小学校の名前の由来まで考えるひとときは、まさに至福のときであった。