<エッセイ>
  添削をしていて思うこと
              高橋 勝


 この三月初旬、平成二十五年度の国家公務員の新規採用枠を四割とか七割とか削減すると現政権党の副総理が唐突に言い出した。これは、消費税増税を図るためであり、その奥にある真意は見え据えている。これが国家の近未来を総体的に考慮しているとは、一見しただけでも到底思えるものでないのは明らかだ。
 こうした状況下で、私は今、国家や地方自治体の有意な人材になろうと行政職を目指していたり、子どもへの教育に情熱を注ぎたいと教職を目指していたりする、三年次末から新四年次になる大学生を対象に、公務員模試や教員講座の答案を添削する仕事に携わっている。北はH大学から南はR大学まで、全国の国立大生の答案が対象である。受験者数も多いため、一般に思われているアナログ式の赤ペン先生ではとても間に合わず、パソコンを使ったデジタル添削でスピーディに行っている。事務局から送られてくる答案のダウンロードから始まり、コメントや評価もキーボードを打ち込んでそれぞれのシートに文字化し、凝縮ファイルにまとめて大学毎に一括返却する。その繰り返しの日々を送っている。
 私自身関東地方に住んでいるため、九州や四国、あるいは中国地方や北陸などにある大学の学生の答案が次々に添付ファイルで送られてくるので、この学校はどこにあるのだろうという感覚が次第に分からなくなる。学校名は目で見れば分かっていても、文字で綴られた文章を見る限り、地域別の特色というものはほとんど見分けられない。言葉は標準語で書かれているし、方言を交えた話し言葉は論作文では使えない決まりがあるので、関西弁でよく用いられる「しんどい」などという言い回しなどでさえ皆無と言っても好いほどだ。
 ただ地方に伝わる博多祇園祭りとか仙台の七夕祭りといった伝統行事や、町おこしとしてその地方に根付いている讃岐うどんや由布院温泉といった単語があれば分かる程度である。つまり、現在の地方自治体における社会状況のありさまや学校現場における教育のありようといったものは、論作文から伺う限り北の端から南の端まで日本のどこを見回しても差異はほとんど見られないのである。
 その意味から考えても、添削をする側にしてみれば、同一の基準で答案用紙を観ることができるので、扱いやすいと言えば確かに扱いやすい。このことを否定的に考えれば、それだけのっぺりした国になってしまったのだと言えばそう言う見方もあり得るのかもしれない。しかし、英語や亜細亜系の言語が街なかの到るところに侵入している現状から考えてみれば、それゆえにこの北から南まで三日月のような地形をした日本列島に、同じ国語で話しをし、何を考えているのか直ぐ通じ合える同一の国民が住んでいるのだなという思いを一瞬抱くことがあり、長い陸地の距離感を忘れさせてしまう。このことは意外な発見であった。
 先月実施された公務員模試のうち行政職区分の答案を例にとって、今日の学生がどのような考え方をしているのかその一端を観てみたい。課題は、「経済低成長、人口減少、少子高齢時代における、自治体や行政サービスのあり方について、あなたの考えを述べなさい」というものである。
 答案を添削し続けていると、論述する内容によって、主に二つの傾向があることに気づいた。一つは、課題に見られる今日の三つの問題点について、それぞれの生起する原因と結果を相互関連性に基づく演繹的な方法で一つに集約し、その出てきた問題点に対する解決策を具体的に提案するものである。この書き方が一番多く、他に提示された三つの状況に対して個々に解決策を論じることと併せると全体の九割近くを占めると思う。その残りの一割ほどの答案は、三者に共通する項目を探し出し、一括していかに対応できるのか、いわば根源的な要因を導き出し、帰納法的方法によってその具体策を総体的に探っている。
 次に挙げるのは、前者の例文である。
「現在、深刻な少子高齢化に伴って、日本全体としての人口の減少は著しい。それらは、年金制度の見直しを始めとする様々な問題を引き起こしている。では、これに対して行政側はどうあるべきか。
 人口減少の主な原因として、出生率の低下がある。この背景には、女性の晩婚化が大いに関係している。女性の社会進出が進み、家庭を作るより仕事をすることを選ぶ女性が増えた。その仕事に対する熱意は、女性の育児休暇取得率の減少からも分かる。しかし、その全員が好きで仕事重視の生活をしているわけではない。背景には、子育てには多くの費用がかかる、という事実があるのだ。
 昔とは異なり今は、妻が主婦業に専念し、夫の給料だけで家族を養うことはほぼ不可能と言われている。それゆえ働く女性が増えているのであるが、まずは、この子育てにかかる、学費を始めとする費用の援助をすることが、女性が安心して子供を産めるための重要な行政サービスの一つとなる。賃金面の援助があれば、仕事自体が大好きで仕事を続けているわけではない女性や、更に子供が欲しいと思っているが費用面でそれが不可能であった女性たちは、子供を産むことが可能となる。
 同じく、学童(保育)の存在も必要である。仕事自体が好きで働いている女性は、学童があることで、産んだ後もまた仕事に復帰することができるようになるため、女性が安心して子供の産める重要な要因となる。学童の中で、学習面のフォローなどもあれば更に良いので、行政は学童施設の充実に力を入れるのが良い。(以下略)」(O大学のI・Eさんの答案) 
 この答案からうかがえる提案事項は、出生率を上げるには、子育てにかかる費用を行政が援助すべきであるということ、および学童保育施設の充実を図るべきであるということである。ここには触れていないが、他に企業が育児休暇を認め、出産後も職場復帰できるように行政が企業側に働きかけをする必要性について提示する意見も多い。
 こうした提案に批判を加えるとすれば、それらにはいずれも論理的正当性が認められるとしても、単に提案しているだけであって、現実的に実施するに際しての財源や人材などには触れておらず、そうした関連における整合性のある現実的具体案が考察されていない点が安易であると言える。また、課題の求めるものにしっかり答えておらず、その一部のみに触れて問題にしているのもマイナスである。
 その一方で、この答案とは異質な後者の例が次に挙げるような少数の論作文である。
「経済低成長、人口減少、少子高齢化によって生じる問題として、人口減少に伴う税収の減少、経済低成長による自治体の予算削減、高齢化による社会保障関係費の増加といった財政的問題と、低予算によって公務員一人にかかる負担の増加という人的問題を挙げることができる。これらの問題を抱える自治体や行政サービスのあり方として望まれる姿は、市民一人一人を第一に考え、他団体と協力し、事業やサービスを行う姿勢である。(一部略)
 しかし、予算は限られているため、自治体以外の団体、民間企業やNPO等と協力して事業をすすめるという方法が考えられる。例えば、民間に高齢者の介護サービスの一部分を委託すると、地元企業の活性化、経済活性化や、サービスの専門性の向上という市民側の利点だけでなく、自治体職員の減少という行政内部の利点も生じる。自治体職員一人あたりの業務が減ることで、心理的な余裕が生まれ、他業務への姿勢がより丁寧なものになることが期待される。(一部略)
 予算や人口が減少していく時代において、自治体や行政サービスのあり方として大切なのは、何事も行政で行おうとせず、高度な専門性が必要な部分は委託するなど、業務やサービスによって他団体と協力しながら、市民が最もよいサービスを受けることができるような社会をつくるという姿勢である。」(T大学、N・Yさんの答案)  

 こちらのほうは、書き方としてはやや簡潔性に欠けるところがあり、具体的対策にやはり整合性に欠ける面はあるものの、今日の社会状況と自治体内部を現実的に認識して、それに即した対策を複眼的に考えているのが分かる。つまり、自治体の住民の要望や必要性にのみ対応しようとしているのではなく、そうした現実を踏まえながら、自治体内部の財源や人材の現状にもしっかり眼を向け、いわば地に足をしっかり付けた状態で、その両者の方向から物事を、効率的に、合理的に、しかもサービスの質を落とすことなく外部の存在との開かれた関係づくりを考察しているのである。課題にも十分応えていると言えよう。
 この他に同質の具体案として、近隣地域との「合併」を図ったり、「コンパクトシティー化」や「定住自立圏構想」を描いたりして、地方自治のあり方を見直そうとする動きに敏感な答案もあった。
 こうした提案は、いずれも現状を見据えた上での、より複眼的な発想である。それらに共通している点は、一人称の、前を向いてどこまでも進んでいけばどうにか望みは達成できるだろうといった、単なる進歩的ないし直線的発想や視点を乗り越えて、二人称、あるいは三人称の視点から、自らの自治体を客観視できる視点を獲得していることである。つまり、新たな枠組みの中でいかにやっていくか、外の世界の変化に対処できるだけの柔軟な思考と、自らを省みて自らが変わることにより、世直しと復興を遂げようとするものである。
 このように考えてくると、大学生の論作文ではあるけれど、これまでの長い歴史の中で、日本人は、元寇襲来、幕末と明治維新、関東大震災や戦後復興、そして今回の大震災などと、過酷な運命的国難に出会う毎に知恵を出し合い、言葉少なに忍耐強く向き合い、努力し、克服して生きてきた、そうした伝統的なあり方に、たとえ一部にしても彼ら若者の精神が繋がっているのではないかとの思いにふと気づかされてしまうのである。(了)