鳥の巣
                中井和子

 我が家の玄関前に「十四個の玉ちらし仕立て」にしたツゲの木が植えてある。
 新芽が茫(ぼう)々と伸びて見苦しく、家を出入りするたびにため息が出た。いままでなら、ため息をつく前に剪定鋏(せんていばさみ)を手にしていたはずなのに、最近の私は年齢のせいか無気力だ。
 例年、七月に入ると、庭師のSさんたちが剪定に来てくれるので、それまで待とうと怠惰な気持ちで過ぎていた。しかし、七月半ばを過ぎても、なんの音沙汰もないので、私は催促の電話をした。腰を痛めて仕事が遅れています、という、返事であった。
 それでは、いつになるかわからない。私は覚悟を決めて刈り込み鋏を手にした。いままでの経験から、二時間ぐらいで形になるだろうと、取りかかったのだが、上から順に作業を始めて半分もすると、もう息が切れて、途中で休憩時間を取るありさまだ。八十二歳の体力を思い知った。
 七月半ばになり、庭師のSさんが、後継者である二十代の子息と、手伝いの年配の男性と、三人で来てくれた。
 Sさん親子は、作業中にときどき植物について、お互いの知識や考えを話し合っている。その父子のようすは、信頼する先輩、後輩でもあり、見ていて好ましい光景だ。
 三時のお茶の時間に、子息が、
「奥さん、マテバシイの木一本、剪定をしませんでした」
と、言いながら、私にタブレットの画面を差し出した。
 そこには、赤い嘴(くちばし)を大きく開けて鳴き叫んでいる二羽の雛(ひな)の姿が映っていた。
「あら、何の鳥の雛?」
「いや、わからないです。木を切ってしまうと、陽が当たって死んでしまうので……」
「よかったわ。助けてくれてありがとう」 
 私は礼を言った。
 彼は内心『大げさな』と、思ったかもしれない。

 十年前までは、別会社の庭師の人たちが剪定に来てくれていた。
 当時、我が家の庭の端に直径二十センチほどのヒマラヤ杉が植えてあった。その木を剪定をしていた若い庭師が私を呼んで言った。
「鳩の巣があります。捕(と)ってしまいますか」
 私は驚いて杉の木を仰いだ。
 枝を短く剪定された木のてっぺんにすっかり丸裸にされた鳩の巣が見え、数羽の雛が口を開けて動いているようすが見えた。雛が痛々しく、私は目をそむけて言った。
「そっとして置いて!」
 上空から丸見えであり、木の下は猫が往来する。このままでも雛が無事に済むわけがないと、残念に思われたことを思い出したのであった。

 Sさんが、のんびりとお茶を飲みながら、
「鳩は卵を抱いているときは、人間が巣に近づいても動かないですよ。先日の仕事場では、電動鋸(のこぎり)で木の枝を伐っていたら、その木の隣の木に鳩の巣があったのですよ。電動ノコの木屑が鳩の頭にかかって、頭が白くなって、それでも鳩は動かない……」
 と、鳩がその巣を守る姿を思い出したのか、おかしそうに、それでいて、いまさらに感心した風に話すのであった。
 私は巣のある樹(き)を確認して、近づかないようにした。人間が巣に近づくと親鳥が来なくなってしまうと、前に聞いていたからである。
 しかし、今日は、その周辺の樹を剪定作業していたのである。何の鳥の巣かわからないが、親鳥は戻(もど)ってきてくれるだろうか、と内心心配になったが、それは杞(き)憂に終わった。
 庭師たちが帰って間もなく、体が茶色で、尾の長い鳥が巣のある木の葉の中へ飛び込んでいった。ヒヨドリであった。
 そして、「鳥の巣」から、私は、数年前の春に見た、あのオオタカの巣はその後どうなったであろうか、と思い出していた。
 それは福島市の西方に位置している水林自然林で観察会があり、講師の方から、自然林の樹木や植物、動物、昆虫の説明を興味深く伺ったことがある。そのとき、一本の太くて高いアカマツの下に誘導された。
「あれはオオタカの巣です。巣は去年のものを使っているのですよ。いま、雛の嘴(くちばし)も見えます。抱いている鷹の頭もちょっと見えますね」
 見上げると、十メートル高い木の幹から横に出た枝との上に、以外に小さめに見えたが直径七,八十センチほどの巣があり、そこへ一羽のオオタカが外から戻ってきて巣に降り立った。
 やはり、大きくて迫力があったが、家族を見守るその姿は、千七百メートルの吾妻山スカイラインの上空をゆったりと輪を描きながら獲物を狙っていた、あの孤高の鳥、オオタカの姿とは重ならなかった。