杖    
             福谷美那子


 あるとき、友だちがこんなことを言った。
「杖のおしゃれって知っている? デパートへ行くとそれはそれは色々な杖があるのよ」
 私は生まれて初めて聞いた「杖のおしゃれ」ということばに戸惑い返事に困った。
 確かに色、柄、形とさまざまでオシャレな人は着るものにより、杖を変えて楽しんでいるようだ。友だちのことばはきっと、骨折をして杖をつかねばならなくなる私への慰めであったのかもしれない。
 退院するとき、診察室に入って行くと整形外科の主治医から私はこんな宣告を受けた。
「福谷さん、杖をついてください。電車に乗った時、必ず席を譲ってもらえますよ」
それを聞いて浮かぬ顔をした私に気づいた医師は、
「まだ、直立されたときの姿勢が不安定で微妙に揺れていますからー」
と、続けられた。
 とうとう杖をついて歩かなければならなくなったのである。
 その複雑な思いとはうらはらに、
「杖はしばらくの間ですよ」
 と、医師は気楽に念を押された。
 妙なふらつきは右足の膝に入れた合金がまだ足に馴染まないためなのであろうか?
 どうしても杖には「老い」というイメージが重なる。
 私は杖ということばに、晩年の佐藤佐太郎先生のお姿を思い浮かべていた。
「歩道」へ入会して、先生に初めてお会いしたのは全国大会だったか、東京歌会だったのか思い出せないのだが、先生は杖をついていらした。二言、三言お話すると、威厳のあるお顔がたちまちお優しい表情になられて、無性にうれしかったことを覚えている。
 また、こんなこともあった。閉まりそうなエレベーターに飛び乗ると、目の前に佐藤先生が杖を持たれて立っていらした。先生は瞬間、ふっと微笑まれた。私は慌ててお辞儀をした。その厳然としたお姿に私は襟を正した。     
 あの瞬間、私の心に響いたものは何であったのであろう。
 こんな遠い思い出に励まされて、私は単純に杖をつくことに前向きになっていった。
 あるとき、何気なくデパートのショーウインドーに映ったわが身の姿に愕然とした。一度に十歳も年をとったように映ったのである。拭いきれない寂しさを感じながら、杖とともに歩いていると、先生のお歌の一首が浮かびあがってきた。

 道をゆくときたづさふる杖のこと人いかに見んなどと思はず

 先生の深いご心情を偲びながら、私は自らを励ましていきたい。