我が家の味
                 羽田竹美
 

 料理の得意な人に憧れの念を抱く。結婚した姉たちがいろいろな料理を作ってもてなしてくれた。私も今に・・・と、花嫁修業として料理学校に通った。授業で作った料理を必ず夜食で作ることを母に約束させられて、買い物に行き材料を集め買って帰った。分量どおりに量って教科書どおりに作る。しかし、結婚すると、教科書は五人前なので、二人だとどうなるのかは、頭が働かなかった。
 料理はだんだん面倒くさいものだと感じてきて興味も薄れてしまった。
 子どもが生まれ、少し大きくなると、やはり喜ぶものを作りたいと思うようになる。長男はカレーライスが大の好物であった。経済的に余裕のない生活だったから高級カレーはできなかったが、野菜を全部フードプロセッサーにかけてどろどろにしたカレーは好評だった。
 骨付きの鶏肉を煮込んでチキンカレーにしたり、トマトジュースを入れたり、最後に生クリームを入れてコクを出したり工夫するのも楽しかった。どれも長男は気に入ってくれて何かというとカレーライスが食べたいと言った。煮込むときには、必ず庭にある月桂樹の葉の干したものを入れた。
 次男が幼稚園に通うようになると、お弁当が必要になる。そのころ長男は高校生だった。夫は高校の教師であったので、結婚してからずっとお弁当を持って出勤していた。
 夫の好みはさっぱりしたおかず。とりわけ塩鮭弁当にすると、ごきげんであった。長男はこってりとした肉のおかず。大きなお弁当箱に肉と野菜をぎゅうぎゅう詰めて持たせた。次男は何故かサンドイッチにしてという。パンは食パンだったり、バターロールだったり、ときにはウィンナーを食パンでくるくる巻いてラップにくるんだりして、その日によって工夫をこらした。
 三人三様のお弁当は時間と手間はかかったが苦になることはなく、きれいに食べてあるお弁当箱を洗うのが幸せだった。
 長男が大学受験で毎晩遅くまで勉強しているころ次男は小学生になった。私は二人のためにおいしいパンを作ってあげたいと思いパン作り教室に通った。その当時はパン生地をこね、何回も打ち付けて自然発酵させるという手のかかる作業だった。教室で習ったものを土曜日になると、朝から復習しながらパン生地をこねる。はじめはオーソドックスなバターロールだったが、そのうち生地を長く伸ばしたものを巻いて玉ねぎをのせ、マヨネーズでドッピングする玉ねぎパンを作った。これを二人はたいそう気に入ったようで毎週かかさずリクエストされた。そのほか動物の顔にして目にレーズンを入れたものや、人の顔を作り、焼きあがったものに三人で笑いころげた。
 土曜日にはよい香りが我が家に満ちる。
子どもたちは玄関を開けるとまず深呼吸してぐうぐうなるお腹を押さえて台所に直行し、パンの焼き上がりを見るのだった。
 パン作り教室はだんだん難しいものになり、パイ生地のペストリーへと進んでいった。何回もバターをいれながら生地を伸ばすのをくり返してから形づくって焼く。上にフルーツやナッツを置きカスタードクリームで飾ると、お店に置いてあるようなペストリーが完成した。
 大切に持ち帰って子どもたちに食べさせた。こんな手の込んだものは私一人では二度と作れない。最初で最後の私の傑作だと話しながら味わってもらった。一つ残ったペストリーを大切にお皿に移し、戸棚にしまう。遅くまで頑張っている長男のお夜食にしようという母心だった。
 ところが、夜十一時ごろになり戸棚から出してみて仰天した。ペストリーの上にのっているアンズが見えないくらいに胡椒が大量にかかっていたのだ。こんなことをするのは次男しかいない。私は呆然とし、なんだか恐ろしくなった。なんでこんなことをするのだろう。あまりのショックで夫にも話せず、何日も考え込んでしまっていた。
 一週間ほど経って、私の心が少し平静になってから、次男に静かに話した。
「どうしてあんなことをしたの? 」
「だって、お兄ちゃんばっかり・・・ぼくだって食べたかったのに」
 この子は兄に嫉妬したのだ。受験勉強している兄に向けている私の気持ちが理解できなかったのだろう。同じに愛情を注いでいるつもりだったが、平等に愛することの難しさをつくづく感じさせられた。
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 夫がなくなり、次男が結婚してひとり住まいになると、自分の食事はどうでもよくなる。朝は面倒くさいからと食べない日もあり、かなり手抜きの食事しか取らなくなった。しかし、病気になると、反省しきちんと取らなければと思うのをくり返していたある日、次男からメールが入った。
「お母さんの肉じゃがを相方(あいかた)が食べたいと言うので来週の日曜日にお願いします」
 相方とは次男の配偶者である。
「私の肉じゃがは亜流も亜流。本当の肉じゃがのレシピを覚えたほうがよいと思います」
 と、打ち返す。すると、
「お母さんのが食べたいと言うのです。僕はお母さんの肉じゃがが我が家の味で大好きでしたから」
 さあー困った。私の肉じゃがは豚肉とじゃがいもと玉ねぎを砂糖と醤油に味醂を入れて煮込んだものでおつゆが多いのが特徴である。そのおつゆをごはんにかけて食べるのを家族みんなが大好きだったのである。
 はたして料理とも言えない肉じゃがを、次男の相方さんが気に入ってくれるかどうか、ハラハラものであった。
 ところが彼女は、
「わぁーおいしい! おいしいです、お母さん!」
 とたんに私の頬がゆるんだ。
「あらーうれしいわ。さぁたくさん食べてちょうだい」
 満足そうな次男を横目で見ながら、むかし夫が元気なころの茶の間の光景が目に浮かんできた。
「お父さん、ちっともお肉食べてないじゃない。ほらどんどん食べないとなくなっちゃうわよ」
 夫は息子たちの旺盛な食欲に目を細めながらじゃがいもばかり食べていた。